会合


 フランスのギーズ邸は、大豪邸だ。

 遠くを見れば、山の稜線りょうせんが四方に広がっていて、民家が間隔かんかくを空けて疎らに建っている。


 見渡す限り緑に恵まれた土地で、自然の中に建てられた豪邸と言った風だ。


 館の前は、楽園を想わせる広大な庭園。

 豪邸の入り口から館に至るまで長い池があり、張られた水は噴水に繋がっていた。


 館の前には、何体もの銅像が立てられていて、それらは今まで飼ってきた獣人の形をしていた。


 ライオン。ヒョウ。ネコ。イヌ。――が、右側に並んでいる。

 ハエ。トカゲ。アリ。クモ。――が、左側だ。


 奥に行くと館の入り口があって、中は一般人では到底お目に掛かれない豪華な造りをした玄関が広がっていた。


 一級ホテルを大きな民家のサイズにしたと思えばいい。

 家の中にはエレベーターがあり、この館の主は大事な話をするときは、必ず地下に下りて話を聞く。


 ちょっとした遊戯施設になった地下室は、バーのカウンターがある。


 手前にはビリヤードの台。

 ダーツ。

 端の方に客人を向き合うためのスペースがある。


 そこでは、イギリスから訪問したウィリアムの姿があった。

 白髪頭の痩せこけた男だ。

 両手には黒い手袋をはめて、耳には詰め物。


 目の前に座った、本来宿敵のはずの男をじっと見つめていた。


「今日はお会い頂き、感謝する」

「いいさ」


 笑顔で応えた白髪しらが白髭しろひげの目立つ巨漢は『アンリ・デ・ギーズ』。


 狩人一族の現当主だ。


「クイーンが死んで、しばらく経つが、キング派の連中はまだ残党に手こずっているのかね?」

「ああ。しぶとくてね」

「お互い、クイーンには煮え湯を飲まされた仲だ」


 フランスはもちろん。

 イギリス、ドイツ、イタリア、オーストリア。

 アメリカ全土。

 中東では、イランやエジプトなどに、狩人はいた。


 それらがクイーンの配下によって、次々に殺されていったのだ。

 クイーンの恐ろしいところは、普通筆頭となれば指示を出して、自分の身を隠すものだ。が、彼女はそうしなかった。


 自ら出て行って、必ず始末する。


 ようするに、なのだ。


 獣が銃を使う事は滅多にないが、人間を使い、銃器を使ったとしてクイーンは死なない。

 ケロッとして、次の瞬間にはバラバラの肉塊が足元に転がっている。


 それほど、厄介な相手だった。


「前に手紙でお伝えした通り、私は貴方と争うつもりはない。むしろ、今後はお互いの利益を追求して、共栄したいと心に決めている」

「……もう争う時代ではないからな」


 お互いに歳を取り、昔のように争うという選択は賢明ではない、と判断していた。


「ああ。人間はあなたが管理すればいい。ただし、世界は我々が運営していきたい。クイーンのように、傍若無人ぼうじゃくぶじんに振舞うつもりはない。人間を上手く飼いならし、貴方に不利益のないように約束する。なので――」


 言葉を遮り、アンリが言った。


「ギーズ家の血筋がほしい、だろう?」

「ああ」

「お前たちにとっては、核弾頭みたいなものだろう。クイーン派だけでなく、反抗的な連中へのけん制に使える」

「その通りだ」


 獣を殺す血。――ギーズ家の血というのは、男系で受け継がれてきた。

 これが女系の場合だと、遺伝子の受け継ぎができないため、一代で途絶える。


 そのため、でなければならなかった。


 大事に守ってきた血筋だが、クイーンがいなくなり、争っていた相手と共栄するとなれば、その血はただの交渉材料だ。


 とはいえ、身内から獣に差し出すつもりはなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、日本に住むギーズ家の血脈だ。


「遊びで猿を孕ませた先祖が残した、負の遺産だ。日本にいる。好きに使えばいい」


 アンリは歯を見せて笑った。


「ご厚意、感謝致します」


 ウィリアムも笑みを返す。


「場所は分かるかね?」

「ああ。こちらで調べはついている」

「仕事が早いな。まあ、こちらとしては、そちらから多額の融資を頂ければ、問題ない。土地、金塊、経済圏の一部の譲渡じょうと

「至急、手配を済ませる」

「……これで、スコットランドの半分と、南米は私の物」


 文字通り、世界の一部を貰うという約束だ。


「現地では、孫が案内する。不明な点は孫に聞いてくれ。おい。連絡先を」


 カウンターの奥にいた使用人が、手帳を持ってくる。

 それをウィリアムの配下が受け取り、中を確認する。


 中には、使い捨ての連絡先が書かれていた。


「日本には、先に向かっている。名前は、フランソワ」

「手厚いサポートに感謝を」


 軽く頭を下げ、口端をつり上げた。


 短い会合だった。

 たったこれだけの約束で、人間と獣の同盟が結ばれ、今後の行く末が淡々と決められていく。


 巻き込まれる側からすれば、たまったものではなかった。

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