ママは見ているよ


 校門前で下ろすと、グリッドはユウの被っていたヘルメットを預かる。


「あー、寝ぐせついちゃったね。うぅし、うし」


 手ぐしで前髪を分けてあげて、最後には頬をぷにぷにと押す。

 すると、ユウは照れくさそうにもじもじとする。


(可愛い~っ。あの人の前だと、ぷにぷにできないからなぁ)


 ここぞとばかりに、ぷにぷにと柔らかい頬を押す。


「うぅ、あの、そろそろ」

「あ、ごめんごめん」


 通りがかる生徒たちは、そのやり取りを見ていた。

 主に、ユウよりもグリッドの方に注目してしまう。


 今時、外国人は日本でも珍しくはないが、その中でも群を抜く美貌を持っていたら、誰だって振り返るのは当たり前である。


「……綺麗な人だよなぁ」


 そんな声が聞こえてくると、ユウは自慢のお姉ちゃんが褒められたみたいで、嬉しくなった。


「なに、ニヤついてんの?」

「え、ううん。何でもない」


 にっと笑うグリッドから顔を背け、校門に向かって歩き出す。


「行ってきます」

「はいよ」


 その背中を見送り、前方を向く。


 ――車が突っ込んできていた。


「うぇええええっ!?」


 急いでバイクから下り、片足を伸ばす。

 車は真っ直ぐに突っ込み、伸ばされたつま先に接触すると、白い煙がタイヤから上がった。


 エレベーターの緩衝材かんしょうざいが働いたかのように、慣性が死んでいく。

 フロントガラスの向こうには、運転手の驚いた顔があった。


「ぐ、ぬ、……っとぉぉ」


 タイヤの回転が止まると、車のフロントからも煙が上がる。


「っぶねぇ。何よ、もう」


 いきなりのことで驚いたが、グリッドが運転手の方に近寄ろうとした時だった。


 タイヤが変なパンクの仕方をしていたのだ。

 普通は尖ったものを踏んだりすると、穴が空いたりするのだが、突っ込んできた車のタイヤは穴ではない。


 裂傷だった。


 覚えのある傷口に、グリッドは四方八方に目を凝らす。


「……あ」


 車の真後ろから、生気の感じられない美女が、ひょっこり顔を出した。

 スカーレットである。


「危なかったわね。無事で良かったわ」

「はい。ご心配おかけしました」


 そう思う一方で、


(絶対に、この人がやった。絶対に、やった)


 主人の病的な一面を知っている従者は、真っ先に主人を疑った。

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