甘いママ


 木造建築二階建てのアパート。

 二階の端っこの一室では、見たことのない美女がいた。


 どのような容姿をしているかと言えば、妖艶ようえんな雰囲気の女だった。


 全体的にウェーブの掛かった黒いセミロングの髪。

 肌は死人のように青白く、目は生気が感じられない真っ黒さ。

 スラリと身長は高く、出る所は出ている体型。


 赤いニットの上着と白いロングスカートを履いていて、スカートの中は黒いストッキングを履いている。


 そして、耳が悪いわけではないが、壊れた黒の集音器を耳に詰め込んでいた。


 一見すれば、とても優しくて、全てを包み込んでくれる柔らかい女性。


 名前は、『ダリア・スカーレット』。

 イギリス出身の獣で、目の前で照れている少年の義母ぎぼである。


「ん~? 早く食べないと、学校に遅れちゃうわ」

「う、じ、自分で食べれるよ」


 囁くような声色は、色香しか感じられず、年頃の少年は反応に困っていた。


 初めてではないが、慣れる事ができなかった。


 少年の名前は、『近衛このえユウ』。

 頭が小さくて、身長は140cm台と、かなり小柄で可愛らしい少年だった。


 他の子より、長めの髪は耳に掛かる程度。

 髪の長さは、ママが厳正に決めて、美容師にお願いしている。


 高校一年生になった少年だが、未だにママの愛から抜けられず、困惑する日々を送っている最中だ。


「はあ~~~~っ」


 照れるユウに、ママは胸の中がキュンキュンしていた。


「あの、スカーレット様。本当に遅れますよ?」

「も、もう少しだけ」

「いやいや。遅れますって。時間ヤバいですもん」


 憩いの時間を邪魔する女が、そのだらしない光景を横から見ていた。

 ユウが学校に着かなければいけない時間は、朝の8時。

 徒歩で20分掛かる距離に位置する学校に行かなければならない。


 現在の時刻は、朝の7時40分。

 ギリギリである。


「遅れちゃうって。あーん」

「あ、あー……、む」

「はあぁ~~~~っ」


 幸せそうに、スカーレットは身を捩っていた。

 そして、冷めきった目で、主人の横顔を眺める、もう一人の女。


 名前は、『グリッド・マラー』。


 彼女は、スカーレットの近侍きんじ

 ようは、付き人である。


 近侍というと、きちんとした格好をしていると思われるが、こういった特殊な日常を送る場合、違和感のないような恰好をしている。


 上下は白のジャージ。

 他から見れば、だらしない感じの不良外国人。

 よく言えば、元気いっぱいで、取っ付きやすいお姉さんである。


 彼女もまた、スカーレットとは違う美貌びぼうの持ち主だ。

 長い金髪は、インナーが水色に染めていて、今時の若者のトレンドを取り入れている。


 長い前髪は片側を残し、もう半分は掻き上げてピンで留めた形。

 気分によって変えるが、今は長い髪を後ろで結び、ポニーテールにしている。


 それから、耳にはピアスをしていて、耳の穴にはバッテリーの切れたワイヤレスのイヤホンを付けていた。


 そんな彼女は、壁に掛けた時計を見て、「あ、やっべぇな」と顔をしかめる。


「とりあえず、お腹減ったら、学食で適当に食べてください。間に合わないんで」


 食器を片づけ、ユウに言いつける。

 すると、隣からとてつもない気迫を感じた。


 生気のない瞳には、明らかな殺意が宿っており、従者であるグリッドは一瞬だけ肩を震わせる。


 でも、学校に遅れたらユウは怒られてしまう。

 それは溺愛するママにとっても、不都合であるはずだ。


「……ほんと、怒られるんで。我慢して下さい」

「まだ、食べているでしょう」

「や、あの、ユウくんが、先生に怒られちゃうんですよ。どうか。何卒なにとぞ。何卒」


 わき腹を見ると、そこには鋭い刃先が当てられていた。

 刃先から伸びてきたところを辿っていくと、そこには腕があった。

 まるで、鋭い鎌のような刃と腕が一体化したかのようである。


 食器を片づけるユウには見えない所で、ママは脅していた。


「……ふん」


 従者の一存ならば許さないが、ユウの事になると、やはり聞き分けが良い。


 ほっとしたグリッドは、食器をシンクに片づけ、玄関のそばにあるフックから、バイクの鍵を手に取る。


「んじゃ、行きますよ」

「うん。ママ、行ってきます!」

「はい。行ってらっしゃい」


 ユウの背中を玄関から見守る。

 ユウ達が出て行くと、すぐに自分も外に出て、今度はバイクを目で追いかける。


 人間より優れた視力に映らなくなるまで、じっと同じ姿勢で眺めていた。

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