第19話

 一応ジャージーに着替えたけど、日本の夏は人を殺すほど暑いな……。

 しかし、誰だろう。あんなことをしたやつ……。

 そして白雪さん……あんなことをされたのに、平気でいられるのがすごい。早く犯人を明らかにしないと……、またあんなことをされるかもしれない。でも、白雪さんのことを嫌がる人、けっこう多いから犯人を特定するのが難しかった。


「最後は借り物競走か〜」

「…………」

「雨霧くん?」

「は、はい?」

「どうしたの? 怖い顔をして……」

「いいえ……! なんでもないです!」

「あれ? 美波ちゃんが着てるのは雨霧くんのTシャツだよね?」

「えっ? どうして……」

「見れば分かるよ。すっごく大きいから」

「はい……」

「でも、心配しなくてもいいよ。雨霧くんはそのままでいい……」

「えっ?」


 当時の俺はその話の意味がよく分からなかった。 

 水原さんも白雪さんの友達だからか、たまによく分からないこと言い出す。


「おっ! 始まったよ!」

「…………」


 地面に置いてる紙を拾う美波。

 その中に書いている文字につい笑いが出てしまう。


「なんか、おかしいことでも書いてたのかな? 美波ちゃん、笑ってる……」

「借り物競走って、普通は何が書いてるんですか?」

「ううん……。それは書く人のセンスだと思うけど……、変なこともけっこう書いてるしね。中学生の頃には『ハイヒール』とか『緑色のシャツを着ている人』とか、学校になさそうな物ばかり書いていたよ……」

「へえ……、そうですか」


 白雪さんは何を引いたかな……。

 すると、周りを見回す白雪さんがこっちに走ってくるような気がした。

 まさか、またこっちにくるのかと思いながら……ゆっくりお茶を飲んむ時、俺は目の前の景色にびっくりしてしまう。


「そこの君! 行こう!」

「はい……?」

「樹くん、行こう! 急いで!」

「はい……?」


 俺は白雪さんと名前も知らない女子に腕を引っ張られていた。


「ちょちょちょ……、ちょっと待ってください! な、なんですか?」

「私はどうしても君を連れて行かないと……!」

「えっ?」

「ちょっと! 樹くんは私と一緒に行くから……!」

「はあ? ダメだよ! どうしてもこの人じゃないとダメだから! 私と一緒に行くのよぉ———!」


 なんで、なんで……?

 いきなり口喧嘩が始まったけど……、どうしたらいい……? 一体、その紙に何が書いてるんだ……? 何が書いていたら、こんなことになる?


「私、ジャージーを着ている人って書いてるから! お願い……、私と一緒に行こうよ!」

「私……、私は……」

「白雪さん……?」


 なぜか、ウジウジしている白雪さんだった。

 言いづらいことでも書いてるのかな……?


「あんたは何が書いてるの?」

「…………」

「言えないことなら、大事なことじゃないよね? 今日は暑いからジャージー着てる人あんまりないから! この人は私がもらっていく!」

「ダ、ダメ……! 樹くんは私と行くから……、か、紙に書いてるのは……」

「…………」

「好きな人……だから」

「……あっ」

「…………」


 後ろからくすくすと笑う水原さんの声が聞こえた。

 そしてすごく困ってる顔をしている白雪さんと名前を知らない女子……。この人には悪いけど……、俺は白雪さんと行くしかない状況だから……。すぐ彼女の手を握ってしまった。


「あああ! ま、待ってよ!」

「あのね! 樹くんは私の彼氏だから! それ以上は言わないでほしい」

「えっ? そ、そうだったの?」


 水原さん……、めっちゃニヤニヤしてる。

 しかし、こんなところで「彼氏」とか言わないでください……。周りのクラスメイトたちにめっちゃ見られてるんじゃないですかぁ……。普段から白雪さんのことが好きって言いまくる人たちだから……、なるべくそんな話はしない方がいいと思っていたのにな。でも、言っちゃったし、仕方がないか……。


「か、彼氏なら……。ご、ごめん……」

「…………」

「行こう! 樹くん」

「は、はい……!」


 白雪さんの一言に、周りの人たちがざわめく。

 あの白雪さんだから……、男たちにすごく睨まれている……。もうそこから離れたのに、それでも男たちの視線が感じられる。適当に誤魔化しても俺は白雪さんの手を握ったはずなのに……、どうしてあんなことまで言い出したんだろう……。


「……ねえ、樹くん」

「はい?」

「ううん……。なんでもない……」

「は、はい……」


 何か言いたそうな顔だったけど……、白雪さんは手を繋いだままゴールに向かうだけだった。


 そして———。


「三位……」

「な、なんか……す、すみません……。話が長かったせいかもしれません……」

「三位……だよ。樹くんがすぐ私の手を握ったら一位だったはずなのにねぇ……」

「ええ……、すみません」

「ふふっ。でも、いいよ。樹くんと一緒だったから、楽しかったし……。体育祭、なんもないなと思っていたけど、けっこう楽しかったと思う」

「は、はい……」

「来年はもっと楽しい体育祭になりそう……」

「は、はい!」


 結局、総合ポイントで勝ったのは南チーム。

 それとは別に……誰かと体育祭で活躍できたのがすごく楽しかった。

 そして……、友達も…できたし。


 ……


「樹くん」

「はい」


 帰り道、白雪さんが俺の手首を掴む。


「今日……、うちに誰も来ないから……」

「は、はい……」

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