第18話

 そして昼休み———。

 俺には久しぶりの体育祭だったから、けっこう疲れたかもしれない……。

 だから一人でこっそりお昼を食べたかったけど、そうさせたくなかった白雪さんが俺をクラスに連れてきて、今は水原さんと委員長この4人でご飯を食べている。


 また、知らない人が増えた。


「お昼を一人で食べるのは良くないよ? しかも、今まで一緒に食べてきたのに……どうして今日は先に逃げちゃったの?」

「別に……、逃げたわけじゃ……」

「雨霧さ、俺のこと苦手か?」

「いや……、委員長はいい人だし……」

「気にしないから、あははっ」

「あははって……、足を挫いて人に迷惑をかけたくせに……」

「なんか、ごめんなさい……」


 すぐそばから突っ込む水原さんに、何も言えない委員長だった。

 でも、この4人はなんっていうか……仲良しに見えてちょっと羨ましい……。確かに、同じ中学校だったって言われたよな。仲良しに見えるのも当然か。でも、俺にはそんな友達がいなかったから、普通に冗談が言えるその関係がとても不思議だった。


「何してる? 樹くん」

「えっ? いいえ。なんでも、ないです」

「もしかして、緊張してるの?」

「いいえ……。なんか、友達と一緒にお昼を食べるのが初めてで……」

「ふーん」


 普通の人にはありふれた日常だと思うけど、俺には特別な時間だった。

 サンドイッチを食べながら、楽しい一時を満喫する。


「あっ、ちょっとトイレ行ってくる」

「うん」

「俺も自販機で飲み物をちょっと……」

「ふーん。雨霧くん、本当に飲み物なの?」

「へ…、変なこと考えてません」

「冗談〜よ」


 特別な時間だと言っても、人と長く話すのは苦手だし……。

 こうやって少しでもいいから、たまに一人の時間が欲しくなる。しかし、高校生になって4人でご飯を食べたり、体育祭で誰かに必要と言われたり……。そして誰かに褒められるようなこととか……。あの頃には想像すらできなかったことばかりだ。


「ふう……」


 ジュースを飲みながら真ん中の階段に向かう時、ちょうどトイレから出る白雪さんと目が合ってしまう。


「あれ? 樹くん」

「白雪さん……」


 声が聞こえないところで独り言を言う二人。


 そして白雪さんが階段の前で俺を待つ時、上の階段から水が入ってるバケツが落ちてしまった。先まで明るい顔をしていた白雪さんが……、あっという間にびしょ濡れになってしまう。なんでそこにバケツがあるんだって考える暇もなく、俺は急いで白雪さんのところに走って行った。


「だ、大丈夫ですか……? し、白雪さん……?」

「あっ……、うん。でも、ちょっと寒いかも」

「あの……! 一応……! これに着替えてください!」


 周りに人がいるのかどうか……、そんなことは気にしていなかった。

 今はびしょ濡れになった白雪さんが心配になるだけ。

 だから、何気なく着ていたクラスTシャツ脱ぐのもできる。すぐそこにトイレがあるから、今は俺と白雪さんのTシャツを交換するしかなかった。ここから教室まではけっこう距離があるから……。そしてクラスにはジャージーもあるし、俺は後で着替えるのもできる。


「あっ……、大丈夫? もらっても」

「いいから早く着替えて、白雪さん」

「ごめん……」


 白雪さんの髪の毛と上半身がびしょ濡れになって……、それがすごく心配だった。

 なぜなら、俺はそのバケツを知っていたから……。そのバケツは俺が自販機に行く時にちらっと見たことがある。あの時はちゃんと階段の壁側に掃除道具と置いていたはず、それはわざと倒したりしないと絶対階段から落ちるはずがないところに置いていた。俺がちゃんと見たから……知っている。


 でも、下半身が濡れてないのが不幸中の幸いって…言ってもいいかな。

 そして半裸の姿で白雪さんを待つと、トイレから出る彼女が自分のTシャツを渡してくれた。


「これ……、絞ってみたけど……力が足りなくて……」

「いいえ。大丈夫です。ジャージー持ってるから、クラスに戻るとすぐ着替えます! だから心配しなくてもいいですよ」

「ありがとう……」


 一応……クラスに戻ることにした。


 ……


「あれ? 雨霧くん、Tシャツ濡れてない? ジュースが爆発したの?」

「いいえ。暑いから顔を洗うつもりだったのに……、なぜかこうなっちゃって」

「バカじゃん。あははっ」


 白雪さんはこの後、借り物競走に出るし……。

 わざわざそれを言わなくてもいいって言われたから、適当に誤魔化した。


「雨霧! いちご食べる?」

「あ、ありがとうございます」

「はいっ」

「…………」

「あっ! それ私のじゃん!」

「そうだったっけ? えへっ」

「えへっ……? 今日、男としての人生を終わらせてあげようか……?」

「な、なんかすみません……」

「ぷっ……」


 あっ、しまった。

 つい笑いが……。


「あれ?」

「え……笑った!」

「二人がバカみたいなことをするから、樹くんに笑われるのよ」

「そんなことやってないし!」

「そうだ! そうだ! 俺は水原より頭いいけど?」

「はあ? なんでそうなるの? 私の方がもっと成績いいじゃん!」

「中学生の頃には俺の方がもっと高かったぞ!」

「今は高校生じゃん!」


 なんか、この馬鹿馬鹿しい口喧嘩が俺にはすごく面白かった。

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