第17話

「あっ、雨霧くん! 遅いよ〜」

「す、すみません……。白雪さんは?」

「美波ちゃんならリレーの準備をしてるけど……、先から先生たちと何か話してるみたい」


 もしかして間に合わないかと心配してたけど、まだ始まってないからほっとした。

 でも、リレーをする白雪さんって見たことないよな。いつも静かに本を読んでるイメージだから、運動とか……あんまり得意ではなさそう。とはいえ、リレーに出るくらいなら……けっこう足が速いってことだよな……? こうやって白雪さんの知らない一面を見るのも、悪くはないなと思っていた。


「やはり……、委員長がダメだったのかな?」

「なんの話ですか?」

「委員長……先荷物を運ぶ時に足を挫いたらしい」

「えっ? 委員長、アンカーじゃないですか?」

「そうそう……。だから、なんか話してるらしい」


 アンカーは足が一番速い人だから、それも大変そうだ……。

 そして白雪さんは委員長にバトンを渡す立場だから、委員長がいなくなると一位にはなれないはず。どうすればいいんだろう。すでに決められた人だから誰かが代わりに走るのもできないし、走ったとしても委員長より速い人はいないから困る状況。


 委員長も出る前に、絶対一位するって言ったから……。

 そして俺がスタートラインを見つめる時、向こうから白雪さんが走ってきた。


「行こう! 樹くん!」

「はい……? どこに?」

「委員長が足を挫いて、代わりに走る人が必要だよ。だから、樹くんが委員長の代わりに走って……!」

「えっ!!」


 委員長の代わりに走ってって……、リレーやったこともないし。

 走る人たちは全部運動神経が良さそうな人ばかりじゃん。

 でも、白雪さんの話には拒否できず……、スタートラインについていく俺だった。


「樹くん、緊張してるの?」

「すごく緊張してますけど……、他の人じゃダメですか?」

「うん。樹くんしかできなから……、そして私は樹くんのために時間を稼いであげるから頑張ってね」

「は、はい……」


 そしてホイッスルの音が響く。

 障害物競走の時もめっちゃ緊張していたけど、今は白雪さんもいるし……。冷静を取り戻して……、走るだけに集中しよう。集中……集中しようと何度も繰り返しているけど、緊張しすぎて体が上手く動かない。もしここで最下位になったら、きっとみんなに一言言われるはずだから……見えないそのプレッシャーに俺は勝てられなかった。


「はあ……」


 俺、ため息ばかりだ……。


「樹くん」

「はい…?」

「ハチマキ、ちゃんと結ばないと……」

「はい!」


 そろそろ白雪さんの出番なのに、彼女は俺のハチマキを結んでくれた。

 その余裕……、なんかすごい。


「はい、これでよし! じゃあ、そろそろ私の出番だからね?」

「はい……」


 後ろから走ってくるクラスメイト、彼は「頼むぞ!」と言いながら後を白雪さんに任せた。

 そして、すぐ真顔になる白雪さんだった。


「うん」


 俺は白雪さんがスタートラインに立つ前の言葉を思い出す。

 自分も頑張るから、「私の樹くんが、一位になる瞬間を見たい」って……。どうして白雪さんは……、全然関係ないはずの俺に、そこまで気遣ってくれるんだろう。先頭を走る白雪さんを見つめながら、俺は……知らないうちに走りたくなった。


 後5秒くらいかな……? 距離がどんどん縮まる……。

 そして後ろの人たちとはどんどん差ができてる。

 俺はそのバトンを握って、チームを勝利に導くのができるのか? ずっと不安だけど、やってみたくなる。白雪さんがそう言ってくれたから、俺も精一杯走りたい。この体育祭で俺は意味のある時間を過ごしたかった。みんなの……、役に立ちたい!


「くる……」


 白雪さん、めっちゃ速い。


「樹くん……!」

「はい!」

「頑張って!」

「分かりました!」


 アンカー、走る。


「アンカーが変わりましたよね!」

「先の障害物競走の一年生! さすがに、速いです!」

「でも! どんどん距離が縮まりま———す!」


 時間がない……、もっともっとスピードを出せ……! 俺。

 もっともっともっと……、今のスピードじゃ全然ダメだ……。後ろからあの人たちの気配が感じられるほど、距離が縮まってる。このままじゃ一位になれない。どうしよう……。白雪さんに「頑張って」ってそう言われたのに……、これが俺の限界だった。


「はあ……」


 負けた。


「はい! 一位は北チームの一年生!」


 ……


 結局、後ろの人に追い越されて……二位になってしまう。

 自分の限界を知っていた。せっかく白雪さんが差を作ってくれたのに……。

 それは俺が初めて感じた敗北感だった。そして、二位という成績は白雪さんの期待に反することでもあった。顔を上げるのができなくて、そのまま席に戻ってしまう。


 やはり俺じゃダメだったんだ……。


「樹くん?」

「は、はい……」

「なんで下向いてる?」

「いいえ……。結局、一位になれなくて……」

「何言ってんのよ! 二位もすごいんだから!」

「でも! そんなに頑張ってくれたのに……」


 すると、後ろから委員長の声が聞こえた。


「雨霧!! よくやった! 二位、マジでありがとう。助かったぞ!」

「えっ……? 委員長?」

「ごめん。なんか雨霧に負担をかけちゃってさ、俺が悪かった。荷物がそんなに重いとは思わなかったから……」

「委員長はいつも無理するからそうなるんだよ」

「何? いつも学校をサボる水原には言われたくないけど……?」


 なんで……、みんな怒らないんだろう。

 一位になれなかったのに、どうして「ありがとう」って言うんだろう……?

 不思議だった。


「大丈夫、樹くんはカッコよかった。いきなりリレーをさせた私が悪い。でも……、樹くんは本当にカッコよかったから……やっぱり私が選んだ人」

「そ、それ……なんの意味ですか?」

「察してみ?」

「…………分かりません」

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