第16話

「はい。汗かいてるから、スポーツドリンク」

「ありがとうございます」

「でも、樹くんが一位になるなんて……カッコいい。それ、芽依のいたずらだったのによく頑張ってくれた。えらい」

「なんで……、そんなことを……」

「もっと楽しい学校生活を送ってほしい!かもしれないね」

「はい……」


 楽しい学校生活か……、こんな俺が「楽しい」感情を感じてもいいのかな。

 ずっと誰かに合わせてきたから……、やらないと殴れるから……。楽しいと言う言葉を忘れてしまった。でも、白雪さんと水原さんは今まで見てきた人たちと違う。すごくいい人で……、いつも俺のことを考えてくれるそんな人だった……。正直、俺の名前を入れてくれなかったら、またあの頃と同じ景色を眺めていたはず。


 ありがとう……って言いたいな。


「しかし、芽依すごいね」

「そうですね……」


 一年の騎馬戦……、水原さんは捕まえた相手を次々と倒していた。

 なんか、周りの人たちが逃げてるように見えるけど……。

 そういえば……騎馬戦って相手を倒す競技だったのか……? 水原さんのやり方を見ると、俺が知っている騎馬戦とちょっと違うような気がした。


「あっ、芽依! 後ろ……」

「水原さん……! 頑張ってください!」

「…………」


 つい俺らしくない応援を……。


「へえ……、芽依のこと応援するんだ……」

「いいえ。これは……、その……」

「いいよ。芽依は友達だし、もし樹くんが他の女子にそんなことを言ったら許さないけどね」

「は、はい……」


 てか、そろそろ白雪さんの出番じゃないのか……?

 確かにリレーは体育祭で一番人気ある種目だから、始まる前にちょっと顔を洗ってきた方がいいかも……。今日の天気めっちゃ暑いから熱中症に注意しないと……、すぐ倒れてしまうかもしれない。でも、俺がこんなポジティブなことを考えるなんて、普段なら物陰の下でじっとするはずだったのにな……。


「ちょっと、顔洗ってきます!」

「うん」


 ……


 みんなイキイキしてる……。

 なんか、今年の体育祭はいつもと違った……。俺にもできることがある。それがすごく嬉しくて……、嬉しくてたまらない。ずっと俺を縛り付けて、心を蝕む記憶……いつかそれを忘れる日を待っていたけど、そんな日は来ない。俺が努力しないと、俺は変わらないってことを……、少しずつ実感していく。なんか、こんな俺でも変わるんじゃないかなと……、今更笑みを浮かべる俺だった。


「よっし……、頑張って白雪さんの応援をしよう」


 そして消えかけのキスマークを見つめていた俺は……、このキスマークのようにつらかった時が消えていくのを祈っていた。とはいえ、薔薇色の高校生活など求めていない。ただ……、普通に…人たちと話して、友達を作りたいだけだった。


 中学生の頃にはそんなことが許されなかったから……。


「ふう……、暑い」

「ねえ———。雨霧くん!」

「は、はい……?」

「ちょっと話があるけど、いい?」

「はい。なんでしょ?」

「ううん……。でも、周りがうるさいから場所を変えてもいい?」

「あっ、はい……」


 星宮ナナミ……。クラスでけっこうおしゃべりってイメージだけど、なぜか俺によく声をかける人だった。どうしてこの人はずっと俺に声をかけるのか、その話に答えている今もよく分からなかった。でも、この人と一緒にいるのを白雪さんに見られたらすぐ怒られるかもしれない……。早く終わらせて席に戻ろう。


 そして星宮さんは俺を人けのないところに連れてきた。


「あのね……。ちょっと聞きたいことがあるけど、雨霧くんって白雪と付き合ってるのかな?」

「いいえ。付き合ってません……。多分……」

「多分って何……? それって、白雪がそう言ったらそうするつもりってこと?」

「よく分かりません。聞きたいのはそれだけですか? じゃあ……、白雪さんが待ってますんで……席に戻ります」

「ちょっと……! 私の話はまだ終わってない!」

「は、はい……?」

「私、雨霧くんのこと好きだから……。その、彼女……今ないじゃん。私と付き合ってくれない?」

「えっと……、つまり……どういう意味ですか?」

「うん……? 告白だよ! 私、雨霧くんのことが好きだから……もっと知りたいってこと……!」


 告白って知ってるけど……、なぜこのタイミングに告白をするんだろう。

 しかも、俺とあんまり話したこともないのに……。どうして俺のことが好きになれるんだろう……? 疑問ばかりだけど、今はそんなことどうでもいい。早く席に戻るだけを考えていた。


「あの……その話は後で……」

「今! 今すぐ答えて!」

「…………それは」

「私知ってる……。雨霧くん、女子苦手でしょ? 私ならいろいろ……、女子について教えてあげられるから! 白雪じゃなくて、私を選んで……! きっと後悔しないはずだよ」

「いいえ……。あの、今のはなかったことにします!」


 ポケットの中からスマホの振動が感じられる。

 電話がかけられた……。早く電話に出ないと……。


「待って……! どこ行くの? 雨霧くんの障害物競走はもう終わったじゃん! そんなに急がなくても……」

「いいえ」

「もしかして、白雪のところに行くの? なんで……? 雨霧くんはあの人がそんなに好きなの? どうして?」

「どうしてって言われても……、ただ彼女と約束をしただけです。そして先の話はなかったことにします……。すみません……」

「…………」


 いきなり告白なんて……、でも…それが青春ってことか……。

 分からないけど、そうじゃないかなと思うだけ。


「ふーん。面白いね……、星宮さん……」


 そして二人が話しているのをこっそり覗いていた芽依が微笑む。

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