つれない白雪さんにいつの間にか独り占めされています

第１５話

　いい天気……、周りの人々がざわめく体育祭の当日。

　クラスTシャツに着替えたみんなが運動場に集まる。

　そして生徒会長の挨拶とともに、俺の高校生活その第一幕、「体育祭」というのが始まった。

「ワクワクするよね？」

「は、はい……」

「私が活躍するのをちゃんと見ておいて、必ず一位するから」

「はい……。白雪さんならきっと一位になるはずです」

「…………」

　正直、俺にできるのは何もないけど……、今年の体育祭は少し違う。

　誰かを応援したくなったのは高校生になってから初めてだった。

「私の活躍もちゃんと見てて、雨霧くん」

「えっ？　水原さん、いつの間に……？」

「先からずっと隣にいたから、無視しないで……！」

「す、すみません」

「あっ、そうだ。言うのをうっかりしてたけど、もうすぐ雨霧くんの出番だから準備してね」

「はい……？」

「障害物競走！　この前に私がこっそり入れておいたよ！　ふふっ！」

　走るのが一番嫌いなんですけどぉ……、今更できませんとは言えないよな……。

　障害物競走って確かに、コースの中に設けられたいろんな障害を超えながらゴールまで走り続ける競技だよな……。今まで障害物競走なんてやったこともないし、絶対恥ずかしい思いをするはずだからめっちゃ緊張していた。

「大丈夫、樹くんならできるはず……。その……」

「はい……？」

「意外といい体してるから……」

　耳元で囁く白雪さんに、隣の水原さんが怒る。

「またこそこそしてる。私にも教えてよ！！」

「芽依には秘密」

「え———」

　なんか……、スタートラインに立ってるだけなのに眩暈がする。

　誰かに見られるのが嫌だったから……ずっと体育祭みたいなイベントは避けてきたけど、水原さんが知らないうちに俺の名前を入れてしまった……。こうなったら、精一杯頑張るしかないな……。せっかくの、体育祭だから……。

　ホイッスルの音が鳴いた。

　そして、みんな走り出す。

　もういい……、今は走りに集中するだけだ。

「おっ……、走ってる。へえ……」

「うん。走ってるね」

　席で樹が走る姿を見ている二人。

「ねえ、雨霧くんって本当に美波ちゃんのこと覚えてないの？　私のことなら理解できるけど、美波ちゃんまで思い出せないなんて……」

「うん。仕方がないだと思う。あの時はそうするしかなかったから」

「へえ……。で、今はどう？　嬉しい？　雨霧くん、完全に美波ちゃんの物になったじゃん。本人は自らそれを否定できないほど追い詰められて、なんとなく納得してるように見えるけど」

「樹くんなら多分何も言えないはずだからね。それを言うのは後でいいと思う」

「そうかもね」

　俺は周りの声を無視し、ずっと走っていた。

　ハードルの数が多かったけど、なぜか……一緒に走ってる人たちに負けたくなかった。勝負をするのも初めてで、誰かに勝ちたい気持ちを持つのを初めて。遠いところでずっと眺めていたこの景色を……、今…その中に俺がいる。

「おおっ！　南チームの一年生、速いで———す！」

　心臓がすごくドキドキしている。

　なんか、すごく気持ちいい。

「そして最後は網くぐり……！　先頭の一年生にはまだ余裕があります！　さて、勝つのは南チームなのか！　あるいは北チームなのかぁ！」

　何か言ってるような気がするけど、何も聞こえないほど……静かだった。

「へえ……、意外と早いじゃん。雨霧くん」

「カッコいいね」

「そうだよね〜」

「頑張れぇ———！　樹くん！」

　思わず叫んでしまう美波、そしてちらっと隣の人を見る芽依。

「…………」

　息が詰まる。

　俺、ちゃんと走ってる……。なんかすごい。

　そして———。

「はい！　一位は南チームの一年生！」

　全力で走った結果、なんとなく一位になったけど、すごく緊張していて気持ちが落ち着かなかった。体育祭……、そして障害物競走の一位が俺だった事実にわけ分からない感情が溢れてしまう。すごく嬉しくて……、すごく楽しかった。

「樹くん、頑張ったね」

「一位しました……！　白雪さん！」

「うん。ちゃんと見てたよ」

「そ、そうでしたか……！」

「何……？　私にもっと褒められたい？」

「い、いいえ……。なんっていうか、こんなことが初めてで……そして白雪さん……先応援してくれましたよね？」

「あら、聞こえたの？　頑張ってる姿がカッコよかったから、つい……」

「あ、ありがとうございます！」

「うん」

　頭を撫でてくれたその手がすごく嬉しくて、つい笑いが出てしまう。

「へえ……、雨霧くんってそんな風に笑うんだ」

「えっ……！　な、なんでもないです」

「樹くん、楽しい？　体育祭」

　白雪さんの笑顔が見えた。

「は、はい……！」

　そして美波に頭を撫でられる樹を、じっと見つめるナナミだった。

　何か不満を持っているような顔をして、舌を打つ。

「羨ましいな。俺もどっかで一位になれば白雪が撫でてくれるかな……」

「お前は雨霧じゃねぇから無理じゃね？」

「へえ……、俺もあんな女の子が応援してくれればなんでも一位になれるはずなのにさ」

「俺もそう思うけど……」

　先輩たちと他のクラスの人たちが次の競技を続く間、俺は白雪さんの出番を待っていた。中学生の頃には後ろの誰にも見えない場所でずっとスマホばかりいじっていたけど……、今は誰かの出番を待つようになった。白雪さんならきっとカッコいい姿を見せてくれるはずだから、三人で体育祭の話をしながら南チームを応援する。

「二人とも……、本当に仲がいいね。私も仲良くなりたい！」

「は、はい？　そうですか？　でも、俺は友達…少ないから、人と話すのがちょっと苦手……です」

「ふっ……、樹くん」

「はい！」

「私がいるのに、友達欲しいの？」

「い、いいえ……」

　俺は友達があんまりいないから、いつも白雪さんに迷惑をかけている。

　でも、彼女はあんまり気にしていなかった。ずっと気にしていたのは俺で、ずっと周りの声に振り回されたのも俺だった。なんか、不思議……。こんな俺と友達になってくれて……。そして俺も二人みたいな性格だったらいいなと……騎馬戦を眺めながらそう思っていた。

「…………」

　人差し指で俺の指をいじる白雪さんが、こっちを見ていた。

　それは何かをやりたい時の顔だった……。

「…………」

　そのまま白雪さんは何も言わなかった。

　そして、微笑む彼女はこっそり俺と手を繋ぐ。