第12話

「樹くん……」

「ううん……。もうちょっと……寝かせてください」

「……私もそうさせたいけど、もう学校終わったからね」

「あっ———!」


 寝不足……。目が覚めた時は肩を触る白雪さんが微笑んでいた。

 ここ最近、夜遅い時間まで白雪さんと連絡をしていたから体が疲れてしまう。夜の10時頃から始まる彼女との電話、その理由はいつも「声が聞きたい」だった。一人の夜はつまらないとか、一緒にご飯を食べた時がよかったとか、いろいろ彼女の話を聞いてあげるとすぐ深夜の1時になってしまう。


「いつの間に……、ありがとう……」

「私が寝かせてあげなかったからかな?」

「いいえ……」

「今日は電話しないから、安心して」

「は、はい……!」


 電話をかけないなんて、もしかして俺のために……? すごく不思議だった。

 電話……普通にかけても構わないけど、どうせ家にいる時は一人だから……。


「よっ! 一緒にカフェ行かない? 二人とも!」

「芽依」

「どう? 私が奢る!」

「別に奢らなくてもいいよ。でも、芽依がカフェに誘うのは珍しいね」

「そうかな? なんか、時は美波ちゃんと話したいからね」

「また……?」


 合図を送ったのか、わけ分からないその言葉を白雪さんは知っていた。


「仕方がないね」

「やっほ〜」


 ……


 で……、いつの間にか俺もカフェに来てしまった。

 俺はなんでここにいるのかな。

 水原さんが買ってくれたジュースを飲みながら、こっそり白雪さんのそばで二人の話を聞く。


「それで、なんで別れたの?」

「え〜。どうしてそれが分かる? 早いね」

「芽依がカフェに行きたい時はいつもその話でしょ?」

「ひひっ……、飽きちゃってさ」

「それは仕方がない。それで、今からどうしたい? また新しい彼氏作るの? あるいは……」

「私はね……。明るくなった美波ちゃんと青春を楽しみたい! もう、彼氏なんかいなくてもいい」

「へえ……、何? いきなり」


 その話に俺が入る余地はなかった。

 しかし、水原さんってやはりモテる人だったんだ……。

 そんなことを話しても、水原さんくらいの女の子ならてっきりいい男と会えるはずだと思う。でも、俺がびっくりしたのは次の話だった。まだ、高校一年生なのに……水原さんはいろんな人と付き合って、すぐ別れてしまう。その話を聞いて、俺はそんなこともできるんだ……と思いながら窓の外を眺めた。


「そして……、どう思う? 樹くん」

「は、はい……? す、すみません! ちょっとぼーっとしてて」

「あはははっ、雨霧くんはすぐ緊張しちゃうんだ」

「えっ?」

「樹くん、私が話す時にはちゃんと集中しないとね」

「…………すみません」


 ぼーっとしていたら、隣の二人がくすくすと笑う。


「あーん」

「えっ?」

「はい、あーん」


 チョコクッキーを食べさせる白雪さんが、テーブルの下でこっそり手を繋ぐ。

 先まで深刻な話をしていたはずなのに……、いきなり手を繋ぐのか?


「美味しい?」

「はい……」

「よかったね」

「で! 雨霧くんは美波ちゃんのどこが好きなの?」

「は、はい……? いきなりそれを……?」

「いきなりって、先からずっとその話をしてたけど……」


 全然知らなかった……。

 しかし、白雪さんのどこが好きって言われても……俺は好きの意味をよく分からないからすぐ答えられない。白雪さんとあんなことをやっても、俺には「好き」という感情がよく分からなかった。それは俺がクズだからか……? あるいは、女の子自体に興味がなかったからか……? いろいろ考えてみても、俺は白雪さんのことをどう思ってるのかについてはずっと分からないままだった。


「えっと……」

「私のどこが好き? 樹くん」

「もしかして……、雨霧くん……口に出せない理由があったり……? 美波ちゃんの可愛いボディーとか?」

「えっ? ち、違います!」

「ちょっと……、芽依何言ってんのよ」

「でも、先からずっとためらってるから。ふふっ」


 そして……、昔の記憶が頭をよぎる。


「優しいところが好きです……。あの、俺の口で言うのは恥ずかしいけど……」

「あはははっ。へえ……、そうなんだ。ロマンチックだね」

「からかわないで芽依。樹くんはこんなところが可愛いんだから」

「かもしれないっ。羨ましいね」


 すると、耳元で囁く白雪さんがこっそり指を絡める。


「ここが……、家だったらすぐ襲ったはずなのにね。惜しい……」

「…………」

「ちょっと! 二人で何こそこそしてるのよ! 私も混ぜて!」

「これは芽依にまだ早いかな?」

「何言ってんのよ! このバカップル!」


 嬉しそうな顔をして、俺に寄りかかる白雪さん。

 俺はまだ彼女と付き合ってないけど、白雪さんはすでにそう思っているかもしれない。今日、付き合ってるって何度も言われたはずなのに……白雪さんは一度も否定しなかった。二人の話を聞くと、まるでそれが当たり前のように、彼女は俺との関係を「恋人」だと認めている。そして、そこに俺の意見は入っていなかった。


 今も当たり前のように、手を繋いでいる。

 最近の人は……早い。


「でも、明日から楽しみだね。新しい部員も増えたし、きっとあの人も喜ぶはずだから」

「ふーん。あの人、生きてるの……?」

「どうかな? 私も最近連絡してないからね」

「そうだよね……」

「いつものくだらない話だけど、聞いてくれてありがとう二人とも」

「ううん。大丈夫」

「いいえ! 気にしなくても」

「じゃあ、私はお母さんが呼んでるから! 先に行くね」

「うん」


 水原さんが先にカフェを出た後、白雪さんが俺に声をかける。


「ね、樹くん」

「はい」

「手……握るの……好き?」

「あっ、はい! すみません。えっと、もしかして汗とか……!」

「ううん。なんか、これドキドキするからいいなと思ってね」

「はい……」


 でも、俺はその意味がよく分からなかった。

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