第10話

 よく分からないけど、白雪さんの友達が俺に変な話をした。

 どうして「誰もいない場所」だろう。俺と水原さんは今日初めて出会ったはずなのに、俺と話をして彼女になんの得があるんだ……? 音楽室のカーテンを開けると、後ろから微笑む水原さんが机に座る。白雪さんにバレたらきっと一言言われるかもしれないのに、心配になるのは俺だけで、水原さんは机に座ったまま足をバタバタしていた。


「ねえ、口開けてみ」

「はい……?」

「口を開けてみてよ。あーん」

「…………」


 彼女に何かをされるのかと思ったら……、買ってきたアイスを俺に一口食べさせてくれた。それはよく知られている有名ブランドのアイスで、すごく美味しい。あんまり食べてないから分からなかったけど、けっこういいなと思っていた。


「あれ……? アイス?」

「うん?」

「もしかして……、あの文章の意味……」

「気づいたの? 私なりにすごく悩んだ結果だけどね」


 あの紙に書いている『私は叫びます』って多分英語で『I SCREAM』だよな……。

 つまり……アイスクリームを食べにきてってことだ。

 なんで、すぐ思い出せなかったんだ……。思い返せば、めっちゃ簡単な駄洒落だったのにな……。それもそうだけど、水原さんは俺に何を話したいんだろう。


 てか、水原さん…先から笑うだけで何も話してくれなかった。


「あ……、そういえば話したいことってなんですか?」

「君、美波ちゃんのこと好き?」

「えっ……? 好きってどんな意味ですか?」

「はあ……? えっ? あのね……。念のために聞くけど、二人はやったよね?」


 この人、なんでそれを知ってる……?

 もしかして……、白雪さんが話したのかな……。


「あ、あ……。どうしてそれを知ってる?って顔だね。それね……、見れば分かるっていうか……。私がよく電話をかけるから……、たまたま恋バナをするようになってね」

「はい……」

「えっと……、名前が確かに雨霧くんだよね?」

「はい」

「そうそう。雨霧くんも知ってると思うけど、美波ちゃんね……けっこう可愛いじゃん?」

「た、確かに……」

「で、美波ちゃんはね。友達…私しかいなくて毎年好きな人できたの?とか聞いてるけど……。ここ最近反応が変わったから、なんかあった気がしてね」


 白雪さん……、俺がいない時には友達とあんな話をするんだ……。

 なんか…ずっと想像していたイメージと違って、水原さんの話を聞くと彼女も普通の女子高生ってことが分かった。いつも冷たい顔で何を考えているのか分からないから、家にいる時もそんな雰囲気だと勝手に勘違いしていた……。


 てか、それとこれと別じゃない?

 それを聞いただけで、分かるのか?


「雨霧くん。変に聞こえるかもしれないけど、ちょっと体を確認してみてもいい?」

「か、体をですか?」

「うん! 変なことしないから、ただ確認するだけだよ」

「は、はい……」


 机にアイスを置いて、水原さんから目を逸らす。

 なんか……、首と鎖骨のところを見てるような気がするけど、大丈夫かな?


「うわ……、これ痛くないの?」

「えっ……? 何がですか?」

「首筋に残ってるのはほとんど治ったけど、制服に隠されたところにはまだキスマークがたくさん残ってるじゃん……」

「あっ……。はい! でも、もう慣れてますから」

「…………え? そう……? 羨ましい美波ちゃん」

「はい……?」


 恥ずかしいことだから水原さんには言えなかったけど、やる時にはこれが普通じゃないのか……? 白雪さんはキスマークを残すたびに、すごく幸せな顔をするから俺もこれが普通だと思っていた。もちろん……最初は痛かったけど、どんどん慣れていて……今は白雪さんの愛情表現だと思っている。


「雨霧くんも美波ちゃんにキスマークつける?」

「俺は……、あんまり……。でも、白雪さんが欲しいと言う時には頑張ってつけようとします」

「…………いや、普通に羨ましいじゃん」


 芽依は本当に羨ましい顔をしていた。


「でも、どうしてそんなこと気にするんですか?」

「それ……、私が教えてあげたことだからね」

「はい……?」

「美波ちゃんにね。いきなりキスマークをつける方法を教えてって言われて……。それで……、当時はなんでそんなことを聞くのかなと思ってたけど……。全部雨霧くんにつけるためだったんだ……」

「…………なんか、すみません。白雪さんは水原さんの友達なのに……」

「えっ? 別に謝らなくてもいいよ。美波ちゃんは私の友達だし、大人になる方法を教えてあげただけ」

「はい……」

「でも……」

「はい……?」

「もし美波ちゃんを泣かせたら、いくら彼氏だとしても私……許さないからね? そこはちゃんと注意して」


 いきなり怖い雰囲気を出す水原さんだけど……、彼女は知らなかった。

 俺はまだ白雪さんの彼氏じゃないってことを……。


「あ、こっちだったの? 樹くん、見つけたら電話くらいしてよ」

「す、すみません……」

「わぁ〜。美波ちゃんだ〜。美波ちゃんのも買ってきたよ」

「私、チョコバニラ」

「それもあるよ〜」


 えっ……、白雪さん知ってたのか?


「アイスくらいなら普通に部室で食べてもいいけど……、なんでこんな面倒臭いことをするの?」

「それがね〜。雨霧くんと二人っきりになりたくてさ〜」

「化学準備室に行った時、それがくだらない駄洒落だとすぐ思い出すべきだった。芽依……樹くんに変なことしてないよね?」

「うん……。ちょっと体を確認してみただけかな?」

「…………」


 あの……、確認したのは水原さんなんですけど……。

 どうしてこっちを見るんですか……。


「いい彼氏でよかったね? 美波ちゃん」

「…………芽依、うるさい」

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