第7話

 帰り道。二人の間にはどんな会話もなく、そのまま家に着いてしまった。

 そしてずっと我慢してきた白雪さんが、玄関で俺のネクタイを引っ張る。


「先の話……、何?」

「その通りです……」

「学校で私と話すのが嫌なの?」

「そ、そんなわけ……」

「じゃあ、どうしてそんなことを言うの? 私のことが嫌になったりしたのかな?」

「いいえ……。その……」


 いつも冷たい顔をしている白雪さんが、ちょっと動揺しているように見えた。

 俺もこんな顔を見るのは初めてで……、どうしたらいいのか分からない。でも、俺が言っているのはほとんど事実だ……。一緒にいるのを見られるたびに、白雪さんがクラスメイトたちに嫌なことを言われてしまう。「二人は釣り合わない」とか「暗いオタクのどこが好き」とか……、俺たちは付き合ってないけど、クラスのみんなは俺たちの関係を恋人だと思っていた。


 ぼとぼと……。

 突然、雨が降り始めた。


「何が足りない……?」


 ベッドで、俺の体に乗っかる白雪さん……。

 彼女の温かい手はいつの間にか氷のように冷えて……、さりげなく俺の顔を触っていた。


「…………」

「私は……樹くんに何もしない。悪口も言わないし、暴力も使わない……。欲しいのはただ、今みたいに私のそばにいてくれるだけ。それだけなのに、どうしてそんなことを言うの?」

「…………」


 俺はその話に答えられなかった。

 ただ白雪さんと目を合わせるだけ……。

 ぼとぼと……。窓にぶつかる雨の音が聞こえるほど、この部屋には長い静寂が流れていた。


「すみません」

「私が欲しいのはすみませんじゃなくて、答えだよ? ちゃんと答えないと……、本当に怒るから……」

「みんなの知らないところなら、なんでもします。ただ……、学校では何もしない方がいいと思って……」

「私の話ならなんでも聞く樹くんが、いきなりそんなことを……?」

「…………」

「ダメだね。じゃあ、樹くん」

「はい……?」

「制服、脱いで。全部」

「はい……」


 白雪さん……、先まで怒っていたはずなのに、今は俺とキスをしている。

 もう怒らないのかと思ったら、首元を強く噛む白雪さんについ「痛い」と声を上げてしまった。こんなこと今まで全然なかったのに……、いつも優しく舐めてくれたはずなのにどうして……。その理由を考えるのは後にして、今はすぐ白雪さんに謝らないといけない。頭の中には「ごめんなさい」しか入っていなかった。


「ごめんなさい……」

「ごめんなさいじゃなくて、ちゃんと話してほしい。誰にも言わないから」

「はあっ……!」


 白雪さんは俺のあごを持ち上げて、俺が彼女より「下」ってことを意識させてくれた。俺は……、これでいいかな。


「うん? 私、優しいよ。だから、隠せず全部話して」

「ただ……、白雪さんがみんなにいじめられるかもしれないから……。それが心配になって、声をかけないでほしかったんです」

「なんで、そんなことを気にするの? 私は樹くんにそんなこと頼んでないよ? 私のことは私が解決すればいい。本当にそれだけ……? 嘘だったら、また噛む。痛いのは嫌でしょ?」


 こくりこくりする樹に、すぐ笑みを浮かべる美波だった。


「じゃあ、私と約束をしよう」

「はい……?」

「まず、私の話はなことだから逆らえないこと。そして今日みたいな馬鹿馬鹿しい心配をしないこと。最後は樹くんが自信を持つこと」

「はい……。分かりました」

「約束守ってくれるよね? 樹くん」

「はい……。すみません、変な……ことを言い出して」

「ううん……。私こそ、痛かったよね? 意地悪いことをしてごめんね……」

「いいえ……」

「じゃあ……、最後までちゃんと終わらせて……一緒に夜ご飯食べよう」

「はい……」


 俺は白雪さんのことを心配していたけど、結局……彼女には余計な心配だった。

 白雪さんがいいって言うなら俺にもそれ以上を言う権利はない。もう言わないって約束もしたし……、今は白雪さんの温もりを感じながらその体を抱きしめるだけ。俺にできるのはそれくらいだった。


「樹くんのエッチ……」

「それは……、白雪さんも一緒です」


 すごく派手な下着……、色もデザインも大人っぽい下着を白雪さんがはいていた。

 一応女子の下着に意識するほど変態じゃないけど、白雪さんとはいつもあんなことをやってるから……脱がす時に見えてしまう。


「ううん……。なんか、今日は甘えたくなるかも」

「どうしてですか……?」

「樹くんが髪を切って、カッコよくなったから……?」

「やらせたいことでもありますか……?」

「私をぎゅっと抱きしめた後にキスして」

「分かりました」


 ……


「はあ……」


 白雪さん……スイッチが入ると2時間くらい離してくれないから……、やっとベッドから解放された。

 てか、普通に白雪さんの家で料理をしてるけど……。

 慣れちゃったから仕方がないのか。


「いい匂い……」

「あっ……、起きましたか」


 あくびをする白雪さんが、下着の上に俺のワイシャツを着ていた。

 なるべく部屋着に着替えてほしかったのに……、またあんな格好で出るとは……。


「ううん……。今夜は何食べる?」

「えっと……、オムライスですけど……今食べます?」

「食べる……」

「はい」


 もぐもぐと食べる姿を見つめながら、その後ろで噛まれたところを確認していた。

 白雪さんの赤い噛み痕……、これはすぐ消えないかもしれない。でも、白雪さんを怒らせたのは俺だから……、仕方がないことだった。彼女を心配させた俺が悪いんだから、これくらいは我慢しないといけない。


 そしてちらっと後ろを見る美波。


「いきなり、そんな傷をつけてごめんね。よかったら、私の体にもつける?」

「いいえ。気にしなくてもいいです」

「そう……? でも、それは樹くんが悪いから……」

「次はちゃんと話します。すみません」

「うん。好き、樹くん。そしてオムライスもありがとう」

「はい……」


 夜の8時……、俺たちはゆっくりご飯を食べながら学校でできなかった話を続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る