2. イメチェン。

第5話

 そろそろ夏服に着替える時期。

 でも、俺の体には白雪さんがつけてくれたキスマークがたくさん残っていて、夏服に着替える状況ではなかった。一応この気温には耐えられるけど、さすがに俺一人だけブレザーを着るのはしんどい。暑いのもあるし、周りの人たちがこっそり俺のことを話しているのがちょっと気になる。


 とはいえ、俺が彼らに言えることは何もないから黙々とその話を聞き流した。


「雨霧くん、なんか暗いね……」

「ね〜」

「暑くないのか……、一人だけ冬服なんて」

「てか、雨霧って白雪とたまに一緒にいるけど、どんな関係だろう……?」

「そうそう……。この前も一緒に歩いてたよな……」


 あの人たちはまだ白雪さんのことを諦めていない。

 いつもあんな風に言ってるけど、何もしてないのが一番不思議な人たち。

 慣れていてもこの空気は苦手だから、ちょっと席を外した。


「はあ……」


 自販機の前でため息をつくと、後ろから冷たいジュースを頬に当てる白雪さんが声をかける。


「おはよう」


 でも、先まで教室にいたんじゃ……。


「白雪さん……」

「樹くん、まだ冬服なんだ」

「は、はい……」

「もしかして、私のせい……?」

「いいえ……。俺、寒がりだから……」

「ふーん。私の前で嘘つかなくてもいいけど」

「あっ……」


 あれがあってから、俺と白雪さんの距離感は恋人以上になってしまった。

 今までお互いの連絡先すら知らなかった俺たちがあの日からラ○ンを交換し、少しずつ学校で話さなかったことをラ○ンで送るようになった。もちろん、俺は白雪さんのラ○ンに返事をするだけで、自分の話は何一つ言わなかった……。


「樹くん、今から部室に行かない?」

「今からですか?」

「昼休みだからね。教室にいるのが気まずいなら、部室に来てもいい」

「そ、そうですね」


 俺も部員になったから、さりげなく部室に行ってもいいはずなのに……。

 どうしてそれを思い出せなかったんだろう。白雪さんのことを避けてるわけでもないのに、なぜか二人っきりの空間が少し苦手だった。とはいえ……、彼女の話に逆らうのもできないし……。襲われたあの日から、俺は白雪さんのになっていた。その何かがなんなのか……、俺にはまだ分からない。


 白雪さんも黙々と下着をはくだけで、それ以上のことは言ってくれなかった。


「ところで、樹くん……」

「はい」

「黒の扉はどうだった?」

「あっ、はい! すごく面白かったです」

「そう……? よかったね」


 部室にいる時はほとんど読書ばかりで……、そばに座る白雪さんが俺の肩に頭を乗せる。


「……お菓子食べる?」

「いいえ。いいです」


 静かで、いい雰囲気……。

 俺にくっつく白雪さんの髪の毛が膝に落ちて、そばからシャンプーのいい匂いが感じられた。そして本を読んでいる間に姿勢がどんどん変わっちゃって、最後は俺の膝に座る形になってしまう……。どうすればそうなるのか分からなかった。


「ふーん。結局、こうなっちゃうんだ……」

「面白いですか? それ」

「うん。読んでみる? 友達が紹介してくれた小説だけど、恋愛ジャンル好き?」

「読んだことはあんまりないけど、読んでみます」

「そんなところがいいと思う」

「はい……?」


 振り向く白雪さんが俺の頬を触る。


「私の話に逆らえないところが可愛いっていうか……、そんな樹くんが好き」

「…………その好きはどんな意味ですか?」

「ふーん。どうかな……? なんだと思う?」

「…………分かりません」

「そろそろ昼休みが終わるから、部室を出る前に……ちょっとだけしよっか」

「はい……」


 体の向きを変える白雪さんが俺と目を合わせた。

 膝に座ったまま……、目の前には冷たくて綺麗な彼女の顔が見える。そしてどんどん近づいてくる唇の目的を俺はちゃんと知っていた。白雪さんの話通り、俺はキスをする時に彼女の体を抱きしめる。それが相手がキスをする時にやるべきことだと、初めてキスをする時に白雪さんが教えてくれた。


「…………」

「…………」


 …………触れる。

 …………少し温かい。


 そして白雪さんからリップの味がした……。

 恋愛小説はあんまり読んでないけど、ある小説を読んだ時にキスは甘い味って書いていた。

 それ、半分は正解で半分は嘘だ……。


「うっ———」

「大丈夫?」

「…………ご、ごめんなさい」

「いや……、私がちょっとやりすぎたかも……」

「い、息ができなくて……」


 白雪さんはいつも冷たい表情だけど、キスをする時は少し和らぐ。

 頬も少し赤くなっている……。


「樹くん」

「はい……」

「午後の授業サボっちゃおうかな」

「それは困ります……」

「冗談だよ」

「はい……」


 でも、足りなかったのか……? キスは終わったのに、俺を抱きしめたまま離してくれない白雪さんだった。家でキスをした時はすぐ離してくれたけど、部室でする時はこうやって5分間、俺を抱きしめたままじっとする。


「そろそろ教室に戻らないと……」

「そうだよね」

「行きましょう」


 読んでいた本を机に置いたまま、白雪さんと教室に戻る。


 そして———。


「またあの二人?」

「本当に付き合ってんのか……、あの暗いやつと」

「ないない」

「そうそう……。あの白雪だぞ? 二年生や三年生も断った白雪が、あんな暗いやつと付き合うわけねぇだろ」


 またそんなこと言う。


 なんか……、ごめん。

 みんな白雪さんのこと大好きって知ってるけど、俺……白雪さんとあんなことやこんなことやっちゃったし……。先までキスしていたから……、みんなには悪いと思っている。だから、心の底でこっそり謝る俺だった。


 みんなの希望を奪っちゃってごめんなさい。

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