第4話

「おはよう。樹くん」

「…………なんで、下の名前ですか?」


 いつもより早く登校したはずなのに、なぜか下駄箱で白雪さんに声をかけられた。

 てか……、白雪さんこの時間に登校したっけ……?


「昨日、私たち…ちゃんとやったよね? だから、下の名前で呼ぶの」

「はい……」

「ちょっと……、樹くん。首筋に絆創膏貼ったの?」

「あっ、はい……。あれ、制服で隠せないところにつけられて……」

「ふーん。私は気に入ったけど……」

「あっ……。じゃあ、外した方が……」

「いいよ。それより……、うん! それ…樹くんによく似合うよ」


 首筋を触る彼女が微笑んだ。

 いつも冷たい顔をしているけど、白雪さんの笑顔は嫌いじゃない……。でも、俺は白雪さんがどうしてそんなことをしたのか、それがよく分からなかった。いくら興味がある人だとしても……、初対面であんなことをする女子は多くないから……。


 そして……、昨日———。


「はあ……。え……、初めてだけど……、これすっごく気持ちいい……」

「はい……」

「ねえ、こっち見て。女の子とやる時にはちゃんと目を合わせるのよ。樹くん」

「すみません……」


 薄暗い部屋の中で、どれくらいの時間が経ったのかすら分からない……。

 それほど夢中になっていた。

 気づけば裸姿の二人がベッドで息を整えている。女子の性欲については何も知らないから、俺は白雪さんが満足するまで彼女の話に従うだけだった……。そして白雪さんは俺にいろんなことをやらせて、それがちゃんとできた時には「よくやったよ」って褒めてくれた。


「どうだった……?」

「気持ちよかったです。もう終わったから、帰ってもいいですか……?」

「なんでもしますって言ったのは雨霧くんの方でしょ?」

「それは……」

「その理由は聞かないから、その代わりに……雨霧くんの体に私のキスマークを残したい」

「はい……」


 白雪さんに襲われた時は「もう終わった」と思っていたけど、彼女は意外といい人だった。

 白雪さんはそれで許してくれるのか……? 優しい。


「うっ———」

「痛い?」

「いいえ……。すみません……」

「綺麗につけてあげるから、じっとしてね」

「はい……」


 ずっとキスをしていたから、口の中でリップの味がする。

 静かな一時。俺は部屋の天井を見つめながら、白雪さんの話通りその体を抱きしめてあげた。そして体のあちこちに残された白雪さんの赤い痕。その感触が、今が現実だと教えてくれる……。これは夢なんかじゃなかった。

 

 そんなことがあったから……。

 俺は夜の8時になるまで、白雪さんと一緒に時間を過ごしていた。


「何するの? 樹くん」

「いいえ……。なんでもないです」

「入ろう」

「はい」


 教室に入ると、今日もクラスの男たちは白雪さんに声をかけようとしていた。

 そしてこの線を越えると、俺と白雪さんは知らない人になる。学校ではなるべく話をかけないように、あの人とはもう関わらないようにした。俺は暗い人だから、そっちの方が白雪さんにいいことだと思う。


「あ……、今日も白雪綺麗だな」

「本当に……、羨ましいな。あんな綺麗な人と付き合う男は……」

「俺じゃダメかな……? こないだ話しかけてみたけど、冷たい返事しか来なかったからさ……」

「それはお前じゃダメってことだ」

「そっか……」


 男たちの声がうるさくて、白雪さんから借りた黒の扉を取り出した。

 ゆっくり字を読みながら……、作者の世界に入る。

 そうするつもりだったのに、どうしてまた俺の前に現れるんだ……。白雪さん。


「樹くん」

「はい……?」

「部室に行かない? 私…忘れ物があるけど、どこに置いたのか分からなくて」

「それを俺に聞いても……、スマホとか、財布みたいな大事な物ですか?」

「多分……」


 多分って……。それより、隣席の人たちにめっちゃ見られてる……。

 早くここから出よう。


「行きましょう」

「ありがとう」


 授業まではまだ時間があるから、白雪さんと部室で忘れ物を探していた。

 その忘れ物は大事なことが書いている紙と言われたけど、ここ…掃除してないからあちこち紙が散らかっている。どうやら時間がかかりそうだ。


「白雪さん……」

「うん?」

「その紙に特徴とか、ないですか?」

「ううん……。特徴ね……。あっ! そこに樹くんの名前が書いていたような気がする」

「どうして白雪さんの大事な物なのに……。俺の名前が書いてるんですか?」

「分からない」

「…………」


 一応……、俺の名前が書いているって言われたけど……。

 なんか、違和感がする。

 白雪さんは頭がいい人だから、自分の物を忘れるほどだらしない人ではない。


「あの……、その紙をどうして部室で探すんですか? 他に家とか、教室とかじゃなくて……?」

「…………最後に寄った場所が部室だったから」


 俺の名前が書いている紙、そして部室……。

 ちょっと嫌な気がするけど……、俺の気のせいだろう?


「それ今日のうちに探さないといけないからね」

「はい……」


 そして俺は部室の隅……。

 いや。正確には窓枠の上に置いている本か、その間に白い紙が挟まれていた。


「…………」


 なんか、これって……俺が見つけてほしいって感じだけど……?

 その紙は予想した通り、俺の名前が書いている入部届だった。


「うん。それだよ」

「はい……?」

「ちゃんともらった。入部届」


 目の前で入部届を見せる白雪さんが笑っていた。


「はい……?」

「忘れ物、見つけてくれてありがとう。樹くん」

「えっ……」

「何? ご褒美とか欲しいの?」

「いいえ……」

「これで、樹くんはうちの部員。文句あるの?」

「ありません……」


 そうやって俺は反論できず、白雪さんの「研究しない、ミステリー研究部」の部員になってしまった。

 それより俺は何をする部なのかすらまだ聞いていない。

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