第8話 過去と今
俺が住んでいる場所は村だ。山に囲まれて木でできた民家がある。俺はそこで産まれ暮らしている。
外に出ることもなく。見る人から見れば面白みのない場所だと思う。
特別なイベントはなく、華やかさもなく、あるのは自然だけという場所だ。
でも嫌いじゃない、自然もそこで感じる風もなにより友達がいる。
幸せだ。
「待て!」
「待たないよ」地面を蹴って目の前にいる友達を追いかける。
村全体を使った鬼ごっこはこれで何度目だろうか。
彼女は意気揚々と時折俺の方を向いて挑発するなんてことをしてきている、かなり余裕の表情だった。
俺も負けじと足に意識を集中する、魔力が巡るような感覚を受けてより強く地面を蹴る。
距離が縮まってきた手を伸ばし、服をつかもうとする「つかまえ」
「残念」その言葉と共に彼女は上に飛んでいった。
スタッと音が聞こえるほど綺麗に屋根に着地していた。ふくらはぎ程あるスカートの裾を持ち上げ軽く膝を曲げている。
最近やたらとしている行動だ、覚えたばかりだからやりたいんだろうと思っている。この動きを彼女が正しい意味で使っているところを見たことはほとんどない、もはや癖だな。
「来ないの?」
「……行くよ」俺は助走をつけて屋根に飛び乗るが「よっ」俺が飛ぶ瞬間に屋根の上には誰もいない。
いつもこんな感じだ俺も遅くはないが、こういう走ったり飛んだりに関して彼女の方に分がある。
屋根から走っていく彼女を見ている間に、どんどんと距離が遠くなる。
地面に着地して再度、愚直に追い続ける。
このまま走り続けても追いつける気がしない、またも俺の方を見て挑発してきている。
なんとか打開を、なんて考えていたからだろうか気づくのに遅れてしまった。
再度目線を前に向けたときに彼女の前に別の人がいた。
「前!」俺がそう言うのとほぼ同時に彼女は人とぶつかった。大丈夫かと思いすぐに駆け寄る、ぶつかった人もろとも地面にお尻をつけている。
彼女は……大丈夫そうだな、ぶつかった人も怪我は見ている限りしていない、俺の診察だから絶対ではないが。
というかこいつ「いたた、ごめんなさい」
「何すんだよってお前か。なんだまた清心と遊んでんのか、おい」男の子は彼女の髪をつかみ自分の方に引き寄せる。それはさすがにと思い男の子の腕を掴む「痛っ」
ちょっと強く掴みすぎた、力を緩める。
「何すんだよ!」掴んでいた腕がどこかに消えた! なんて少し驚いてしまったがなんてことはない、目の前の男の子が振り払ってその腕を後ろから前に出した。
要するに殴ってきた。
「うっ」腹あたりを殴られた。痛い、咄嗟に能力を使って腹を守ろうとしたが間に合わなかった。
「……気をつけろよ」
「う、はい。ごめんなさい」女の子が謝り、男の子は足早に去っていった。
「ごめん私のせいで。大丈夫?」
「大丈夫だよ」俺は地面に寝転び目を閉じる。もう痛くはないが走り回る気分でもない、ゆっくりと時間を過ごすと決めたらチョンチョンと硬い何かが当たってくる。
チョンチョンチョンチョン「つつくな!」目を開けるともう1人、男の子の友人がいた。
「喧嘩ふっかけてたのか」呆れが混じった声。
「木の棒でつつくな」
「何かあったらとりあえずつつくだろ木の棒で」
「なんでだよ。おらっ」顔を覗き込んでいる2人をまとめて掴んで同じように地面に寝かせる、急だったせいか特に抵抗もなかった。そうして3人で川の字になる。
「なあ、これからも一緒だよな」なぜか急に物悲しくなって2人に聞く。
「うん!」元気な返事は女の子が、「たぶん」素っ気ない返事は男の子が声を発した。
3人でたわいない話をして、その後は家に帰り横になって昼寝した。
そんなあくびが出るような日常だった。
「ううん」目が覚めた。
何かが聞こえた、何の音だ?
耳をすませる……遠くで悲鳴が聞こえる。
「なんだ?」夢心地から徐々に意識が戻ってくる。またも悲鳴。
急に胸騒ぎがしてきて、すぐに家から飛び出た。
必死に悲鳴がした方に能力を使って走る。
「はぁはぁ」疲れたわけでもないのに呼吸が苦しい。悲鳴との距離が近づくごとに心臓がバクバクとうるさくなってくる。
そして俺はその場所に着いた。
人が倒れていた複数人、それが目に飛び込んできた。
ピクリとも動いていない。見たくないのに1人1人姿を確認してしまう……「あっ」今日ぶつかった男の子、棒でつついてきた友達もいる。
「いやっ」声がしたほうに顔を向けると尻もちをついている女の子、動いている。
その子の前には何かを突きつけている人がいた。顔は見えないフードみたいなもののせいで見れない。
無意識だった、走るのも殴ろうとするのもそのすべての動作に能力を使ったのも、これ以上ないほどの魔力の巡りを感じた。
地面を蹴りつけ目に映るは敵だけ。
だが、所詮それは子供の本気でしかなかった、接近して跳躍でその拳が顔を横から殴ろうとしたが軽く避けられた。
俺の体は女の子と敵の間にある。
まだだ! 体をひねって拳の裏を当てようとするが「っぐあ」俺は走ってきた方向と同じほうに蹴り飛ばされた。
痛い、男の子が殴ったときとは比べ物にならないほどに痛い立てない。
俺はただただその痛みに耐えることが精一杯で、目の前で起こったことを直視することはできなかった。
目の端に赤い液体が広がった。
女の子は助からないだろうと、ただただ思った。
もっと……力があれば……俺が……。
「……はぁ」目が覚める、村ではない魔法管理所の一室だ。
怖くなって飛び起きることはない、慣れたとは違うけど冷静だ。
こんな夢を見たのはアジト制圧を思い出させたのと、こんな場所に閉じ込められているせいだ、なんてどこに向ければいいのか分からない怒りが湧いてくる。
夢ならもう少し幸せな夢が見たい、あれはただ記憶を思い出しただけだ。
夢なのに突飛なことがなかった。いやそもそもあれ自体が突飛か。
今何時だろうか、昼飯を食べて報告書を書いて夕飯を食べて寝て。
ああ1日が経ったのか、時計……ああそんな物はないか。
今が何時か分からないのは不便だな。
1日じゃ慣れない、そもそも慣れるまでいたくもない。
だけど会った人に聞いてもは教えてくれないしどうしたものか、かといってこのまま待つだけというのも……この広さでできることか。
部屋は3畳ほどでベッドがある、ちょっと体を動かすぐらいならできるかもしれない。
試しに腕立て伏せの体勢をとってみる、左右の圧迫感はある。
そのまま1回してみる、おっできる。今度は能力を使いながら。
うんできるな。能力は使えば使うほど、使う魔力が少なくなったり、より速く走れたりする。本人の適性もあるから際限なく速く走れるわけではないが。
それでも、こういった腕立て伏せを能力を使いながらすればより強くなれる。
毎日やってるから今更ちょっとやったくらいで劇的に変わるわけでもないが、何もしないよりはいい。
それに一度、体を動かしてリフレッシュするのもいい、気が滅入るばかりじゃ良い案も思いつかない。
いざというとき体を動かせるようにするためにもできる限りのことはしよう、そう思って腕立て伏せをした。せめてこれが反抗的だと思われないことを祈りながら。
運動をしてご飯を食べる、これだけ聞くと健康的な生活を送っている感じがする。ここに閉じ込められてさえいなければ健康的な生活だ。
体の健康というより精神衛生上長くいる場所じゃない。
そんな思いも虚しく1日が過ぎていく、やることないから時間も長く感じる。
運動も1日中するわけにもいかない、本とかはお願いしたら届けてくれるだろうか、なんて思ってお願いしても検討するという返答を頂いた。
最初にここに来てから1週間ほど経った、と思う日。その日も腕立て伏せ、腹筋、スクワットを能力ありなしでやった。
そこでふと思ってしまった、ここでバービーはできるのだろうかと。
バービー、しゃがみ両手を地面につけ両脚を後ろに伸ばしまた脚を戻して立つ、そこそこ動きがある運動、絶対にこんなどこか体が当たりそうな場所でする運動じゃない。
なのになぜそんな発想に至ったのか、このときの自分を思い返してみるとちょっとおかしかった自覚はある、慣れない環境と先が分からない不安がそうさせたんだろうと思うと同時に暇だったというのもある、何かしていたかったんだろう。
距離を測って勢いよくする、できなく……ない! おおっ新しい訓練が、ガチャ。ん?
「やあ、清心君……?」扉が開く音、男と思われる声。
扉が開いたということだけで何か好機がやってきたと思うと同時に今の状況を冷静に考える。
1人の男が小部屋で勢いよく腕立て伏せの状態に入ろうとしている場面を、もちろん俺もすぐにやめようと思った。
だけど勢いをすぐに止めることはできないし、そもそもここは狭い。もし仮に無理にでも止め少しでもバランスを崩せば俺の体はベッドや壁に激突する可能性がある。
だから慎重にする必要がある。
ドンッ、ガンッ「痛っ」そう思ったときにはぶつかっていた。
無様という言葉で足りないほどの醜態「聞いてた話と違うな。本当に清心君?」男も俺を清心かと疑うほどだった。
「はい」とりあえず立ち上がって服を正す。
今更身なりを気にするのかと片隅に浮かんだが、それとこれとは別だと振り落とす。
「何をやっていたのか興味あるが、まあ後でいいか。とりあえず来てくれ出るぞ」
出る? 頭が回っていないせいで少しフリーズ。
そしてやっとという思いが湧いてくると同時に、かっこつかないなという思いも出てきた。
そんな2つの混ざった気持ちを持ちながら一歩踏み出し部屋から出た。
ちなみにまだちょっと足とか背中とか頭とか痛い。
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