第8話 運命線と運命の人

「さぁ、おまたせしました。あなたで最後ですね?」

 イチルが私を振り返ってニッコリ笑った。


「あの子、大丈夫なのかしら?」


 私は思わず呟いた。

 現世に戻ったところで親もなく、頼れる人もいない。花や動物だけがよりどころでは、生活していけないだろう。


「心配ご無用。あの子は『運命あるじに愛された』んですよ」


 イチルはそう言って壁に手をかざす。


 実体に戻った彼女が目を覚ますと、そこには若い医師が立っていた。


「彼女の手相に『運命線』を書き込みました。

 ほら、まずは『運命の人』の登場です。

 彼が自己肯定感を高めてくれればきっと、あの子は自分の命も大切にしてくれるでしょう」


 私はおばあちゃんの言葉を思い出していた。

「人のおらんところでこそ、善行を積まにゃあいけんよ」


 誰の目にも留まらなかった彼女は黙々と善行を積み、運命に愛された。私は……


「どうしました?」

 イチルが私を見て声をかける。

 自分でもわかるくらいに私は震えていた。


「あの子の心配してる場合じゃなかった……私こそ、誰からも待たれてなんかいない!」


 私が帰らなければ、夫は烈火のごとく怒るだろう。しかしそれは私を待ってるというより、『お気に入りのおもちゃを取られた』くらいの感情に過ぎない。


 あのDV夫の所に戻ると考えただけで、私は震えが止まらなくなった。

「いやよ、また殴られるに決まってる。いっそここで消えたほうがマシよ」


「ええっ、消える? 主が不機嫌になるからやめてくださいよ!」


「他に戻るところなんてないのよ! でも夫のところへ帰るのは死んでも嫌!」


「よく思い出してください。本当に帰る場所がないんですか?」

 イチルに訊ねられて、私は必死に記憶をたどる。


「両親が離婚したとき、私は母に引き取られた。でも再婚するとき私が邪魔だった母は、祖父母に私を預けたの。

 母に捨てられた事実をどうしても認めたくなくて、私は祖父母に反発した。

 冷たく当たったら、それまで見送りに来てくれてた祖父がパタリと来なくなったの。きっと愛想を尽かされたのよ」

 動揺して一気にまくし立てる私を冷めた目で見ていたイチルはそっと白い壁に手を当てる。

 すると、壁の中に古びた民家が現れた。

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