第7話 運命に愛された少女

 「そもそも私、誰とも関わってこなかったから……」

 いつの間にか壁には児童保護施設と思われる四角い建物が写っていた。


「多分誰も私のこと知らないと思う。親も友達も居ない。施設の人にも名前なんか呼ばれたことないし」

 静かに語る少女の声からは、何の感情も読み取れない。


「私が死んでも悲しむような人はいないと思う」

 彼女の声を否定するかのように、甘い花の香りが部屋中に広がった。


「うわぁ、これはすごい!」

 イチルが感嘆の声を上げた。


 無機質な施設は消え、代わって白い部屋の壁全面に様々な花が咲き乱れた。


「こんなに自然に愛されてる人間を見るのは僕、初めてですよ!」

 イチルは興奮気味に部屋をぐるぐると見渡している。


「これはいいもの見せてもらいましたよ。主も喜んでます」

 イチルは目を輝かせた。


「命を大事にする者にしか、自然は心を開きません。この部屋に写っているのは全部あなたに守ってもらった命です。ねぇ、今度からは自分の命も大事にするって約束して下さいよ」


 イチルがそう言うと彼女は困ったような表情かおをした。


「ニャア」

 その時、白い壁から子猫が飛び出してきた。


「あっ!」

 少女はその黒猫を見て声を上げる。


「この猫を助けようとして、あなたはトラックに飛び込んだんですよね。

 自分の命には価値がないと思っているあなたは、他の命を救うためなら、これからもきっと飛び込んじゃう。

 だから僕と約束はできないってことですか?」


 イチルは口ごもる少女を見て苦笑した。


「主はあなたのことが気に入ったようです」

 イチルはそう言って少女にシャワーを薦めた。


 少女の頭の上から降り注いだのは、人の声ではなかった。

 サワサワとそよぐ葉擦れの音、カエルの鳴き声、鈴虫の歌声、鳥たちのさえずり……

 最後に少女に抱かれた黒い子猫が甘えるように「ニャア」と鳴いた。


 少女の体が発光し、黒い子猫を優しく包み込む。


「これはあるじからのプレゼントです」

 イチルはそう言って、指で少女の手のひらに何やら書き込んだ。

 少女は不思議そうに首を傾げる。

 光は強くなり、彼女の体は丸い球体となって花畑の中に吸い込まれていった。

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