第3話 運命のリセット
全員顔を見合わせた。
「そんな胡散くせぇもん浴びれるかよ!!」
金髪男が啖呵を切る。
「それは困ります。こう見えて僕、忙しいんです。いつまでもあなた方の相手ばかりしていられません」
イチルはピシャリと言い切った。
「このシャワーのコックを開くと残された者の思いが出てきます。『帰ってきて欲しい』と言う強い思いを浴びれば、皆さんは現世に戻ることができます」
「そんなの無理よ!」
今まで一言も口を開かなかった若い女性が突然金切り声を上げた。
おそらく20代前半だろう。顔色は悪く、常に目が泳いでいる。
「だって……私、赤ちゃんを殺したのよ?」
みんな一斉に女性に目を向けた。
「旦那は長男で、子供は待望の男の子だった……」
次第に女性は手のひらを見つめてブルブルと震えだす。
不意に部屋の白い壁がパッと光り、虚ろな目をしたこの女性の映像が大きく映し出された。
『朝早くから夜遅くまでパパは仕事。お乳は思うように出ないし、ミルクはすぐに吐いちゃう。夜中も泣き詰めで一睡もできない。お義母さんにはあなたの育て方が悪いから赤ちゃんが大きくならないって言われるけど、もうどうしたらいいかわかんない。きっとこの子は何かおかしいんだ。育てていく自身がない。もう……一緒に死ぬしかない』
女性は呪文のようにそう呟きながら赤ん坊の首に手をかけた。
「ヒッ!」
私達は思わず目を覆う。
引きつるようにもがいたあと、赤ん坊はぐったりと動かなくなった。
女は手を緩めると、泣きながら鴨居にかけたバスタオルで首を吊った。
衝撃的な映像に、誰も何も言えなかった。
若い女性は泣きながら喚き散らす。
「誰が子供を殺した殺人犯に帰ってきてほしいなんて思うのよ!」
するとイチルは意外なことを口にした。
「赤ちゃんはまだ生きてますよ」
「えっ?」
女性の目が大きく開かれた。
「一時的に気絶してぐったりしたのを、死んだと勘違いしただけです。あなたが首を吊ったあと、赤ん坊は息を吹き返しましたよ」
「生きてた……」
女性は放心してヘナヘナとしゃがみこんだ。
「そしてほら」
イチルが白い壁に触れると、別の画像が流れ出した。
ベッドに女性の実体が横たわっている。男の人が女性の手を握り涙ながらに訴える。
「こんなにも思い詰めていたなんて……もっと話を聞いてやればよかった。家事も育児も手伝うから……閑職に回してもらって育休申請するから……頼む! サユリ、帰ってきてくれよ……」
「コウちゃん!!」
サユリと呼ばれた女性は声を上げて泣き出した。
「ほら、あなたを待ってる人がいる。シャワーを浴びて」
イチルはサユリさんをシャワーに追い立てた。
コックを開くと、旦那さんの声が優しい雨のように降り注いだ。
「帰ってきて……待ってるから……」
祈るような旦那さんの声に時折、赤ちゃんの泣き声も混じって聞こえる。
「ごめんね、二人共ごめんね」
言葉のシャワーを浴びたサユリさんの体が光りだしたかと思うと、手のひら大の光体となり、画面の中に吸い込まれていった。
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