第2話 運命のいたずら

 そこまで思い出し、びっしょりと冷や汗に濡れながら私は慌てて体をまさぐってみる。

どこにも怪我などは見当たらない。


 慌てる私の様子がおかしかったのか、イチルはクスクスと笑い声を立てた


「皆さんは現在魂の状態ですので、外傷などはもちろんありませんよ」

 イチルはそう言って、にっこり笑ってみせた。


「さてそれでは本題です」

 イチルの言葉に、私たちは心なし姿勢を正す。何も分からないこの現状で彼の言葉だけがまさに『一縷の望み』なのだ。


「私の主は気まぐれなので、時々こうして自死された皆さんをお招きするんです」


『自死』という言葉に強い不満を感じる。私は旦那から逃げたかっただけで、死にたかったわけじゃない。


 私同様の思いを持つ人がいたようだ。さっきの金髪男が、イチルの言葉を遮った。

「待ってよ、俺、死ぬ予定じゃなかったんだって」


 男はヘラヘラと笑いながら弁明した。

「一番金払いのいい美香が、別れるとか言ってきたからさ。ちょっとしたパフォーマンスで眠剤飲んだんだよ。薬の分量間違えたみたいだけど……自殺じゃないわけ。だから、さっさと元の世界に戻してくれよ」


 なんて身勝手な言い分だろうと呆れてしまう。


 イチルは笑顔のまま首を横に振った。

「経緯は関係ないんですよ。結果として『自分の手で自分の命を終わらせた』それを私たちは自死と呼びます」


「なんだとてめぇ!」

 思い通りの答えが得られなかった金髪男が突然切れた。

 イチルに、殴りかからんばかりの金髪男の肩を、50代くらいの四角い顔をした小柄なおじさんが押さえつける。

「兄ちゃん、ちょっと黙っててもらおうか。話が進まねぇ」


 おじさんはそう言うとイチルに尋ねた。

「その『あるじ』ってのは何者なんだ?」


 イチルは淀みなく答える。

あるじの名は運命ディスティニーと言います。とってもひねくれた方でして。自分で決めた定めなのに、全部決まってたんじゃ面白くないとかって言うんですよ」


「面白くないって……」

 メガネをかけた少女が困ったようにつぶやく。


「皆さんの死はあるじによって定められたものではありますが、この定めを覆すイレギュラーをあるじは望んでいるんです」


 イチルはやれやれと肩をすくめながら呆れたような表情をしてみせた。

「主はこの部屋と、特別ルールを作り出しました」


「なんだよ、ゲームでもしようってのか?」

 金髪男が食ってかかる。


「もっと簡単です。皆さんには今からシャワーを浴びていただきます」


「はぁ!?」


 予想外の話にみんな戸惑っている。

 イチルが白い壁に手を当てると、再び黒い線が走り扉ができた。開けるとそこにはシャワールームがあった。


「どなたから、浴びられますか?」

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