第5話 そして未来へ

私と伸一のトイレットペーパーを巡る戦い…


それは共に暮らす者同士、譲れるところは譲り、協力するところは協力し合う。


そうして少しずつ改善されてきたと私は自負しているつもりだった。


そうして、あのホルダーカバーから直接使用事件から数日、私はホルダーカバーを二度見する事になるなんて、思いもよらなかったのである。


今度は、トイレットペーパーホルダーに、ちゃんと替えの紙は補充されてはいるのだ。


そこまでは、伸一の成長が見て取れて、私も喜ばしかったのである。


だけど、トイレットペーパーホルダーカバーには新しいトイレットペーパーの姿はなく、そこには残骸が……


そう、筒状の厚紙、芯だけが取り残されているのである。


伸一くん、あと一歩なのだよ……


かつて私が恥辱に打ち震えながら、小股で進んだ2メートルを君は何故往復出来ないんだ!


後は洗面化粧台の下にあるトイレットペーパーをここに補充するだけなのに……


私は再び筒状の厚紙を手に、伸一のデスクへと赴く。


何度もしてきたやり取りに、伸一もさすがに慣れたのであろう。


私が歩み寄ると、伸一は直ぐに私に向き直り、椅子から立ち上がると、私を観察、手に握られたトイレットペーパーの芯を確認すると正座を始めた。


「ご、ごめん真理…いや、真理さん。俺またやっちゃった?」


この数ヵ月の戦いの成果だろうか、伸一の態度は自分の犯した罪をキチンと詫びるようにはなってきている。


しかし、それなら何故あと一歩及ばないのか……


キチンと反省し、後の人、つまり一緒に暮らす私の為にトイレットペーパーが無くなれば補充し、使い終わった筒状の厚紙をゴミ箱に捨てる。


そうすれば良いだけなのだ、時間にしても、ものの1分もかからない作業なのに……


確かに伸一は結婚当初から、がさつでだらしない生活態度が目立っていた。


ペットボトルは飲み残したものをそのまま机の上に置きっぱなしにするし、靴下は脱いだら脱ぎっぱなしにしてリビングに転がっている。


靴は下駄箱にしまわず、タタキに出しっぱなし……


その度に私は伸一を注意し、そして彼も不器用ながらそれに応えてくれようとしてくれる。


伸一もわざと私を困らそうとしているわけでは無いんだ……


そう悟った私は、


「伸一、トイレットペーパーの芯はキチンと捨てて、新しい物を補充してくれるかな?」


そう優しく伸一に声をかける。


すると伸一は、


「うん、分かった。ごめんね真理さん。」


そう俯いて返事をする。


私の名前にさん付け…


途端に寂しさを感じた私は伸一を抱き締める。


「何で『さん』付けなの?寂しいよ。」


すると伸一は私を抱き締め返して、


「うん、ごめん……愛してるよ真理。」


そうして私にキスをした。


こうして終戦を迎える事となった、


『トイレットペーパーの戦い』


がさつな伸一と暮らしていればこの先また幾つかの戦いを経験することは避けられないだろう……。


でも私はこのがさつでだらしない夫、伸一と生きていくと決めたのだから、これからも乗り越えて行くのだと思う。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トイレットペーパー戦記 業 藍衣 @karumaaoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ