第2話 ほんの少しの………

がさつでだらしない夫、伸一には結婚して以来、ずっと悩まされ続けている。


私達夫婦は五年前、取引先で出逢い、私に一目惚れした伸一からの猛烈なアプローチに根負けし、二年の交際を経て結婚。


結婚当初は共働きで家に居ることも少なく、すれ違いが多かったけれど、そんな生活は一年も経たずに、二年前の感染症パンデミックの影響から、二人とも自宅でのリモートワークをする事になったのだ。


すれ違いが解消され、夫婦が共に家で過ごすことも増え、仲良くやっていけるかと当初は思っていたのだけれどそれも違うみたい。


二年前までは、夫婦それぞれが、会社と家を行き来しているから、自宅のトイレを使用する事は多くはなかった。


そんな理由から、そうそう足りなくなることの無かったトイレットペーパー…


何より、使用量は男の伸一よりは私の方が断然多い、それは一緒に暮らした一年で実感していた。


だからトイレットペーパーが足りなくなる前に私が補充していたし、私がトイレットペーパーを使い切ることの方が多かったのだと思う。


それが今はリモートワーク…自宅のトイレで用を足す事が多くなり、自宅のトイレットペーパーの使用量も断然、増えたようだ。


今迄は、まるで私のイライラを倍増させるように、ほんの少しの量を飲み残したペットボトルがリビングのテーブルに放置されている事が私を悩ませていた。


しかし、外出をすることが減り、ペットボトルはマグカップへと姿を変えると、テーブルの上からシンクの中へと一応の進歩はみられるようになった伸一………。


そんな風に変われる彼に、私は今回、少しは期待をしていたのだ……


キチンと補充をしてくれるようになると…


トイレットペーパーの芯を、寝転んでいる伸一投げつけて、開戦した日から数日、再び戦いの狼煙が上がる。


その日もまた、トイレットペーパーホルダーに手を伸ばした私の指先には、違和感を感じさせる出来事が起こる…


それは、わずか10センチにも満たないトイレットペーパーと、またもや筒状の厚紙……。


くっ……伸一のやつ……またか……。


再び怒りに身を震わせる私。


しかし、今度は心許なくではあるが、ペーパーが少しは手元にある…


水分のみの放出だった事もあり、サッと汚れを拭き取ると、私は洗面所へと向かう。


そうして、買い置きのトイレットペーパーを手に取り、ホルダーへと補充を済ませると、私は伸一のデスクへと歩みを進ませる。


「ちょっと、伸一さん。これはどういう事かな?」


再びトイレットペーパーの芯を片手に持った私は、筒状の厚紙を伸一の目の前へと差し出し、詰め寄る。


くるっと椅子を回転させて私に向き直った戦犯は、何で詰め寄られたのか理解できてない様子で、


「ん?何?トイレットペーパー?残ってたでしょ?」


その言葉に私は確信犯だったと状況を理解する。


残ってたでしょ?


そうなのね、貴方はわざとあれだけ…


10センチだけのペーパーを残して、そしてトイレを立ち去ったのね…


私は再びワナワナと怒りが込み上げて来るが、喧嘩腰では話が進まないからと、冷静に言葉を絞り出す。


「へ~、そう。10センチもなかったけど……。補充しようとか思わないの?」


そう私は平静を装いつつ伸一に問う。


すると伸一は悪びれる様子もなく、


「だって、残ってたら補充出来ないじゃん。少しでも残ってたら勿体ないでしょ?」


そう言い放つ伸一に私はぶちギレそうになるが、確かにほんの少しでも残っていたから、今回はそれで用が足りたのは真実………。


私は、ひとつ、ふたつ、とゆっくりと深呼吸し、気持ちを落ち着ける。


それから口調を柔らかくしようと心がけながら、


「分かった……そうね。確かに伸一の言うことにも一理あるわ。でも今度から替えのトイレットペーパーを用意してくれると嬉しいわ。」


そう言って、掌はギュッと握り込まれ、力が入っていたが、喧嘩にはならずに、その場を後にする私……。


私と伸一の戦いはまだまだ続きそうだ……。




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