トイレットペーパー戦記
業 藍衣
第1話 戦いの始まり
幅80センチメートル、奥行き160センチメートル。
この0.5坪の閉鎖的な空間の中、スカートとショーツを下ろした下半身半裸の私は今、白い陶器の便器に腰をおろしている。
このトイレと呼ばれる場所で、済ませるべき用を足し終え、解放感に包まれた私は、トイレットペーパーが収まるホルダーへと手を伸ばす。
そうして、いつもそこにあるべき白く肌触りの良い紙を手に取り、足し終えた用の後始末をするはずだったのだが、それが……無い?!無い!!無い!!!
私が前回、用を足した時には確かにまだトイレットペーパーの残量は十二分にあったはず……
それが今は無い……
そして私の手の先には、トイレットペーパーの残骸…
そう!芯のみが残されている……。
次の瞬間、私は筒状の厚紙を握りしめ、ワナワナと怒りに身体を震わせる。
伸一…………。
私は目の前の扉を少し開け、この状況を作り出した犯人、私の伴侶である伸一に責任を取らせるべく、声を上げる。
「伸一!トイレットペーパー取って!」
そう声を上げるが、暫くしても反応がない。
扉の隙間からテレビの音が漏れ聞こえてくる。
伸一はテレビを見ながら寝ているのか……。
幸い、先ほど足した用は小さい方とされるものだったので、下半身への被害は差程大きくはない……
が、女の私は、このままショーツを履ける状況では無いのは周知の事実。
替えのトイレットペーパーの買い置きは洗面所の下の扉にある……
それは、私が昨日スーパーで買ってきて、補充したのだから確実。
しかし、その洗面所までは、このトイレから扉を出て約2メートル。
普段なら何てこと無い距離にあるにもかかわらず、この格好、この状況の私にとっては、とてつもなく遠くに感じられる……
足首まで下ろしたショーツをこの状況のまま履くことはしたくない…かといって脱ぐことも何か負けたような気分になるからそれも嫌!
そうなると、ショーツで足を拘束され、歩きにくい下半身半裸の状態で、扉を出て2メートル先の洗面所とトイレを往復し、トイレットペーパーを取りに行かなくてはならない。
そんな姿……自宅にいれば、誰が見る事では無いけど、どう考えても羞恥の事実……。
私はそんな状況になることを避けるために、いやいやながら、もう一度扉の隙間から、今度は全力で声を上げる。
「伸一!!紙が無いの!取ってくれない?」
しかし、扉の隙間からはテレビの音が相変わらず漏れ聞こえてくるのみで、その他の反応が返ってくる事は無かった……。
用を足し終えているにも関わらず、私は身を震わせる……勿論怒りによって!
私は伸一に紙を持ってきて貰うことを諦め、下半身半裸で洗面所に向かう事を決断する。
トイレの扉を開け、ショーツに足を取られながら小股で洗面所まで進むと、洗面化粧台の下にある扉を開き、屈んで覗き込んだ先に目当ての物、トイレットペーパーを見つけると、ひとつ手に取り、再び小股で、かつ足早にトイレへと戻る。
ぶつぶつと伸一への怨み言を呟きながら、無様な格好で獲た戦利品をあるべき場所に装着させると、済ませるべき事を実行し、洗面所へと手を洗いに大股で歩みを進める。
先ほどは、お尻を出しながらという情けない格好で進んだ道を、再び通り、両手をしっかりと洗った後、私はポツンと残されたままだった芯を手に、リビングに入る。
伸一は、ソファーに寝転びテレビを見ながらうたた寝しているようだった。
私は怒気を含んだ口調で、
「ちょっと伸一、何で返事してくれないの?」
そうソファー越しに声をかけた私に、伸一は寝転んだまま手だけを覗かせて、
「ん~、なに~何か呼んだっけ?」
そう寝ぼけ声で返事をすると、大きなあくびをひとつする。
私は口調を荒くして、
「だから、トイレで紙が無かったから呼んだでしょ!」
そう怒鳴るのだが、伸一は相も変わらず寝ぼけ眼で、
「え~、そうだったの?ごめ~ん。」
そう言って、再び覗かせた手をヒラヒラと振るわせる。
私は頭にきて、手にしていたトイレットペーパーの芯を伸一目掛けて投げつける。
ポコンッ!
と、間の抜けた音を残して転がる芯を伸一はつまみ上げてテーブルへとのせる。
「ダメだよ~。ゴミ投げちゃ~。」
気だるそうな声で反応する伸一に、私はソファーの前まで歩みを進める…
いくら頭にきていたからと言っても、物を人に投げつけた事を私は反省し、
「そうね、投げるのはいけなかったわね。でもね、トイレットペーパーは無くなったら交換してくれないかしら?」
そう私は、努めて冷静な口調で話すように気を付け、伸一に自分の気持ちを伝えると、
「ん~、そうか~。ごめ~ん。今度から気を付けるよ~。」
そう寝転びながら応える伸一。
私はそんな伸一の態度に再び怒りが込み上げてくるのを感じる………
これが私と伸一のトイレットペーパー奮闘記のはじまりだった。
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