第10話 キーホルダーは鈴が付いていた方が良い

 堂ヶ島を出発して三十分。時刻は午後三時半。

 道路脇の展望駐車場に入る事を白坂さんに合図し、ウインカーを出して左折して駐車場の奥にRZを停車した。


「ふぅ~、結構走って来たね」


 白坂さんも今日一日走って疲労が溜まっているのか、ヘルメットを脱いで大きく息をついてから背伸びをしてエイプを降りた。


「今日泊まるキャンプ場を決めようと思ってさ」


 僕は白坂さんにそう告げて、駿河湾が一望できるベンチに腰を下してこの辺りのキャンプ場を調べ出した。

 出来れば十五分以内に日帰り温泉と食事が出来る場所がある所。


「はい。お茶」

「あ、ありがとう」


 白坂さんはその間に自販機でお茶を買ってきてくれていて、僕の隣に座ってお茶を飲みながら僕のスマホを覗き込んだ。


「どっか良いとこあった?」

「うん、ここか、ここ。こっちは町に近くて―――」

「それだったらこっちはこれがあるから―――」


 僕らは少し相談してから決めたキャンプ場に電話を掛けて予約を取り、午後四時までに向かう事を伝えた。

 少し町から離れるし、山の中で景色はあまり良くないみたいだけど、グランドが芝生なのと料金が少し安かったのが決めてだった。


「あとは日帰り温泉と夕飯をどうするかだね」

「じゃあ、私がご飯を調べるよ」

「分かった。僕は温泉を」


 こうして二人並んで海に向かって座り、それぞれスマホを操作している光景を他の人が見たらどう思うんだろう。

 そんなことを考えながらも、僕には温泉を探しながらもう一つ考えなきゃいけない事があった。


 土肥から先の明日の目的地。


 僕が現実に戻る時は確実に近づいていた。

 目的地は決めて無い、なんてかっこいい事を言ってみても僕はまだ高校生だ。

 着替えだって後一日分しかないし、財布だってだいぶ軽くなってきた。

 あと一週間もたたないうちに新学期も始まってしまう。

 たぶん今夜が最後の泊り、精々頑張っても追加であと一泊くらいだ。

 明日帰るんだったら三島から熱海に出て、きた道を戻る。

 もう一泊するんだったら中伊豆から河津に出て、きた道を戻る。

 三島から箱根を観光してもう一泊や、沼津から御殿場を観光してのルートは宿泊地がかなり寒い所となりそうなので、僕の装備ではこれは無しだ。


 僕がそんなことを考えていると、白坂さんが僕にスマホの画面を見せて来た。


「隼くん、お好み焼きなんてどうかな?」


 おぉ!お好み焼き!さすが白坂さん。

 伊豆だから海鮮でも良かったけど、正直この二日間魚介系しか食べていないので、もっとこってりとしたものを欲していた所だった。


「やった!お好み焼きいいねー」

「だよねっ。この二日間海鮮ばっかりだからこういう方が良いかと思って」


 夕飯はお好み焼きに決まった所で、僕は日帰り温泉のサイトを白坂さんに見せた。

 考え事はしてても、やることはちゃんとやっていたのだ。


「ここどう?駿河湾に沈む夕日を一望できる露天風呂だって」


 白坂さんもそこで大丈夫らしく、小躍りして喜んでいた。

 先ずはキャンプ場で受付をしてから温泉にはいって、お好み焼きだ。


 僕たちはその後少し休憩した後、キャンプ場に向かった。


 ♢♢♢


 時刻は午後八時。


 僕たちは駿河湾に沈む夕日を眺めながら温泉にゆっくりと浸かり、お好み焼き屋さんでお腹を満たしてキャンプ場に戻って来た。


 町から少し離れたキャンプ場は山の中にあって、景色は木々の隙間から辛うじて海が見えるだけだったけど、トイレも綺麗だったし下が芝生なのも良い。

 だけど、このキャンプ場も今日は僕達だけらしくて、僕ら以外のテントは見当たらず、管理棟やトイレの周りに数本の外灯があるだけで真っ暗だったから、夜の雰囲気は少し気味が悪い。


 まあ、そんな事を今更言っても仕方がない。


 今夜は昨夜以上に温かく少し蒸し暑く感じるような風が緩く吹いている。

 この二日間の疲れが溜まっているのか、少し体が重かったけど、夜もまだ早いので昨夜と同じようにテントの前にイスを出して、二人で今日の出来事なんかを話した。


「そうだっ!」


 暫く話していると白坂さんが急に立ち上がって、テントの荷物から白い小さな紙袋を持って戻って来た。

 あー、キーホルダーか。

 すっかり忘れていた僕も荷物の中から紙袋を取りに戻った。


「はいっ、隼くんのイメージで選んでみたんだよ」

「僕も白坂さんのイメージで選んだんだ。カバかもよ?」


 白坂さんは「カバなんて置いてなかったじゃん!」と少し膨れつつも、僕からひったくるように紙袋を受け取った。


「じゃあ、いっせいのぉーせっ。で開けよう!......いっせいのぉー」

「「せっ!」」


 僕が白坂さんから受け取った紙袋を開けると、中からカワウソのキーホルダーが出て来た。


「......あれ?」

「カワウソ?」


 白坂さんはカワウソのキーホルダーを目の前に掲げて、僕が手に持ったカワウソのキーホルダーとの間で視線を行き来させていた。


「あはっ......同じ、だね」

「ほんとだね」


 白坂さんは顔の前でカワウソをブラブラさせてニヤニヤと眺めている。


「ねぇ、なんでカワウソを選んでくれたのか聞いてもいい?」

「うーん。そんなイメージだったからとしか......」

「ホントに?イメージって見た目のイメージ?」

「うーん......見た目じゃなくて、なんていうか雰囲気?」

「雰囲気か......そっか。隼くんの私のイメージはカワウソだったのか」

「ごめん。嫌だった?」

「ううん。逆。......カワウソだったらいいなって思ってたから、カワウソを選んでくれて一番嬉しい」

「カワウソが?何で?」

「へへっ、内緒だよっ」

「じゃあ、僕がカワウソの理由は?」

「......カワウソが一番かわいいと思ったから?かな」

「何それ」

「ふふっ......でもありがとう。この子、ずっと大切にするから」

「あ、うん。僕も大切にする」


 人差し指でカワウソの頭を撫でながら目を細めて微笑んでいる白坂さんを見て、喜んでくれて良かったと思いながらも、結局自分で買っても同じだったんでは?

 なんて思ってもそんな事は言わない。

 どこまで本当か分からないけど、白坂さんは僕が選んだカワウソに喜んでくれたんだと思うし、僕もせっかく彼女が選んでくれたものだから大切にしたいと思う。


 キーホルダーの交換も終わり、それからまた暫く雑談をしていたけど、そのうちお互い話題が無くなり、沈黙の時間が僕らの間に流れた。

 その沈黙を利用して、僕は白坂さんに確認しておかなきゃいけない事を聞く。


「白坂さんは......明日どうするの?」


 僕がその話題を切り出すと、彼女はその瞳に一瞬驚きの色を見せて俯いた。


「......隼くんは......どうするの?」


 暫く沈黙した後にそう呟いた彼女は、たぶん僕の返事を薄々気づいていたんだと思う。


「僕は......明日帰ろうかなって思ってる。もう一泊くらい出来なくはないけど、ほら、もう着替えもないし、資金もそろそろヤバくなりそうだし。もうすぐ学校も始まるから」

「......そっか、そうだよね。私は......」


 手に持ったペットボトルを握り締めて、暫く俯いていた彼女は絞り出すように呟いた。


「私は......もう少し......回ってみようかな」

「......そうなんだ、白坂さんだってもうす―――」

「あっ!何か疲れてちゃった。そろそろ寝よっか」


 彼女はそう言って顔を上げて僕に笑顔を向けた後、椅子を片付けてテントに戻って行った。


 ♢♢♢



 その後、暫くしてテーブルや椅子などを片付けた後にテントに戻ると、白坂さんは既に寝袋に入って向こう側を向いて横になっている。

 一瞬前室で寝る事も考えたけど、バレたらまた譲り合いになる事は目に見えてるので、大人しくインナーテントに入って寝袋に包まった。


「......暑い」


 外にいる時から感じてたけど、今夜は春にしては気温が高すぎる。

 テントの入口を少しだけ開けて風が通るようにして見たけど、時々生暖かい風が入ってくるだけでとてもじゃないけど寝袋では寝られないので、寝袋の上でごろりと横になった。


 テントの中は今日も白坂さんの良い香りで満たされているけど、今の僕はそれ以外の事で頭が一杯でそれどころじゃなかった。


 彼女は明日もツーリングを続けるって言ってたけど、どこに行くのだろうか?

 僕に付いてくることが飽きた。とか、どうしても行ってみたい所がある。って言うんだったら、僕だって明日は気持ちよく彼女と別れる事が出来るはずだ。

 だけど、昨夜の、さっきの俯いた彼女の横顔を思い出すたびに、それだけじゃない理由があるように感じる。


 明日はどこに行くの?

 そう尋ねれば彼女は答えてくれるかも知れない。ただそれが本当かどうかなんて僕には分からないと思う。


 どうして彼女が泣いていたのか、何故僕の頭からその事が離れないのか、彼女はどうして一人で旅をしているのか、彼女はどうしてここに居るのか、僕はいったい何をしたいのか......

 そして......僕はここで何をしているんだろう。


 風が木々の上を通り過ぎるサァーっという音を聞きながら、そんな事を考えてどれ位経っただろう。

 昨日まで興味なんてなかった白坂さんの事を考えているうちに、いつの間にか僕は僕自身に何故旅に出たのかを改めて問いかけていた。


「......僕は......逃げて来たんだ」


 昨夜と同じように月明りに光るテントの天井を見上げながら、気が付いたらそんな言葉を呟いていた。


 白坂さんはもう寝ただろうか。それもどっちでもよかった。


 明日の朝には逃げ出した現実に戻らなきゃいけない僕が、ここまで引きずって来た気持ちを口にすることで少しでも軽くしたかっただけかも知れない。


 僕は僕がこの旅に出た、他人から見ればちっぽけでつまらない、自業自得とも言える理由を、誰にも言えなかったその訳を、ただ自分自身に聞いてもらいたくて語り始めた。


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