第9話 下田の中心で金目鯛と叫ぶ

 荷物を積み終わったRZのキーをONにしてキックを踏み下ろすと、僕のRZは今日も一発で軽快な排気音を奏でだした。

 RZの隣では白坂さんのエイプも元気そうな音を出し始める。


 出発前に満タンにしてきた2ストオイルはまだ全然余裕。

 ミッション、フロントフォークからのオイル漏れ、滲みは無し。

 ラジエターの水量とホースからの水漏れ無し。

 前後タイヤに異物も刺さってない。

 ガソリンはまだ半分近く残ってるし、もちろん燃料コックもOK。


 水温計の針が微かに右に動き出し、RZは出発準備が完了した事を僕に伝えて来た。


「それじゃあ行こうか!」


 僕の合図に白坂さんが「おー!」と元気な返事を返してくる。

 僕の初めてのロングツーリング。ソロじゃなくなった二日目の旅に向けて、僕はアクセルを開けた。


 ♢♢♢


 キャンプ場を出てコンビニで簡単な朝食を摂ってから、少し走って城ケ崎海岸に到着した。

 朝早くだったので、他の観光客は見当たらず、僕達の貸し切り状態だ。

 有名な吊り橋から見下ろす海は荒々しい波が打ち寄せていて、落ちたら助からないななんて思ったりしたけど、橋自体はそこそこ幅もあってしっかりした作りだったので安心して渡ることが出来た。


 白坂さんは「キャー隼くーん、怖ーい!」なんてわざとらしく言ってたけど、スキップしながら僕の前をどんどん進んでいくのを見た限りTPOとして口にしただけだと思う。


 ていうか、今朝からずっと隼君呼びなんだけど......

 父さん以外に名前を呼ばれたのは、彼女、いや、元彼女以来だ。白坂さんに名前で呼ばれる度に元彼女の顔を思い出したりしたけど、何回も呼ばれてるとだんだん元彼女の顔が朧げになって来るから不思議だ。


 城ケ崎海岸をゆっくり観光した僕たちは、南を目指して国道135号線を更に南下する。

 北川温泉、熱川温泉、伊豆稲取、河津と、一山超えるたびに小さな温泉町が現れては過ぎ去っていく。

 白浜を通過した際には何か大会が開かれているらしく、大勢の車とサーファーがいて、一瞬湘南の海に来たのかと勘違いするくらい賑わっていた。

 バイク用のインカムなんて持っていない僕らは、休憩の時だけ、走っている時に見たもの、感じたものを話し合って笑い合った。


 時速三十キロ。無理をしない様にたっぷり休憩を取りながら走って来た僕たちは、午前十時にとうとう伊豆半島の一番南の市である下田市に到着した。


 ♢♢♢


「水族館なんて久しぶり!」


 そう言って速足になる白坂さんに遅れない様に着いたのは、下田市街の南、海に小さく突き出した岬が作り出した穏やかな湾に沿って作られた水族館。

 チケットを購入し、さっそく見て回る。

 少し昭和の香りを感じる館内には、水槽で見られる沢山の魚たちはもちろん、イルカ、ペンギン、アザラシ、アシカ、カワウソなどいろいろな動物もいて、白坂さんはカワイイ動物を見て子供の様にはしゃぎ回っている。

 時間の関係で見られたショーはイルカのショーだけだったけど、自然の湾を利用したショーは実際の海でのびのびと泳ぐイルカが生き生きとしていてちょっと感動した。


 たっぷり二時間ほど見て回り、少し休憩をした後に白坂さんがお土産を見たいと言ったので、水族館内のお土産ショップに向かう。

 どこの水族館でも見られるお土産ショップで、イルカのぬいぐるみや各種小物、クッキーなどのお土産が所せましと並んでいる。


 色々目移りしている白坂さんと離れて、僕は妹からお土産を頼まれている事を思い出したので、何にしようかと店内を物色していた。

 取りあえず父さん(家用)に缶に入ったイルカの形をしたクッキーを選び、妹用に何が良いかと見ていた所、小さなぬいぐるみが付いたキーホルダーが目に付いた。

 イルカやアシカ、ペンギンにカワウソ。

 値段もそんなに高くないしこれにしようと決めて、ペンギンかイルカのどっちがいいか考える。


 あいつのイメージだと......ペンギンだな。


 母さんが亡くなったあの日から、いつも泣きべそをかきながら僕の後を付いて来てた妹。僕の中のあいつのイメージは、生意気な事を言うようになった今でもあの頃のままだ。

 そう思ってペンギンのキーホルダーを手にした時、後ろから白坂さんが声を掛けて来た。


「へぇ~、かわいいね。それ買うの?」

「あ、うん。これが良いかなって」

「もしかして、か、彼女さんに......とか?」


 その言葉を聞いた瞬間、元彼女の顔が浮かんで、僕は慌てて否定した。


「いやっ、違う違う。妹だよ」

「あっ!妹さん?」

「うん。今年から高一」

「ふ~ん、良いなー優しいお兄ちゃんがいて。私もお土産買ってくれるお兄ちゃんがいたらなー」


 白坂さんはそう言って僕の方をチラチラと見てくる。


「隼お兄ちゃん「買わないからな!」お土産買って!」


「ふふふっ......」

「はははっ......」


 お約束で買わないと言ったけど、そんなに高い物でもないし、別に白坂さんに買うくらい問題は無かった。


「しょうがないな。どれにする?」


 僕がそう言うと、白坂さんは一瞬目を輝かせた後、少し寂しそうに微笑んだ。


「ありがとう。でも大丈夫!」

「遠慮しなくていいよ。好きなのを選んでよ」

「本当に大丈夫だよ」

「本当に?別にいいのに」

「う~ん......じゃあさ、私が選んであげるから隼君も買おうよ。私のは隼君が選んで?」

「僕がこのキーホルダーをか......つけるのはちょっと」

「買ってくれるって言ったよ。ねっ?私も買ってあげるからそれでおあいこ」

「......分かった。じゃあ、そうしようか」

「やった!じゃあさ、お互い何を選んだか分からないように買って、後で交換しようよ!」


 白坂さんはそう宣言すると、僕に何処か行ってろと言って真剣な面持ちでキーホルダー選びを始めたので、僕はその間にレジで家族のお土産を買ってから、店の外で白坂さんを待った。

 暫くして小さな紙の袋を後ろ手に隠した白坂さんが出てきて、今度は僕が白坂さんのキーホルダーを選ぶために再び店内に。


 白坂さんのイメージか。

 アザラシは......怒られそうだ。アシカもちょっと違うかな。ペンギンは妹に買ったし、シャチは......イメージに合わないな。後はイルカかカワウソのどっちか、か。


 僕は数分かけて僕の中の白坂さんのイメージで考えた結果の商品を選び、会計を済ませてから店外で待っていた白坂さんと合流した。

 駐輪場に向かって歩き出した僕らだったけど、白坂さんはワクワクした目で僕を見つめてくる。


「なになに、何選んでくれたの?」

「うん。カバ」と言った瞬間、彼女は僕の肩を無言でガシガシ殴りつけて来た。

「どうする?ここで交換しちゃう?しちゃう?」

「別にいいよ?じゃあこれ―――」

「ちょー-っと待ってっ!やっぱり後で!おっ、お昼でも食べながら!そうしようよっ」


 結果、彼女の言う通りに後で交換することになった。


 その後、下田市内に戻ってお昼となった。

 せっかくだからここでしか食べられないものがいいねと色々調べた結果、金目鯛のハンバーガーが僕たちの今日の昼食になった。

 結構良い値段がしたけど、それに見合った味とボリュームで僕も白坂さん大満足でお腹いっぱいになれた。

 昨日の金目鯛の寿司と合わせて、これで対金目戦二連勝。

 もうこれは熱海での金目鯛の煮つけ定食のリベンジは成ったのではないだろうか。


 結局、お昼のキーホルダーの交換はしなかった。

 楽しみは後に取っておきたい派だと宣言した白坂さんの一存で、彼女が決めたタイミングで交換することになった。


 昼食を終えた僕たちは少し汗ばむくらいの陽気の中、更に先を目指した。

 小田原から続いた国道135号は下田市で終わり、下田市内で二台とも給油してから今度は国道136号を西に進む。

 途中で伊豆半島の最南端である石廊崎に寄って、見渡す限りの水平線を見て地球が丸い事を実感し、再び国道136号を北に向かって走り出した。


 駿河湾を左手に眺めつつ、子浦、雲見、松崎といった綺麗な海に面した町を通り過ぎて、午後二時過ぎに堂ヶ島に到着。

 堂ヶ島では天窓洞という地面に穴が開いて下に海が見える場所を観光し、その後更に北に進んだ。

 因みに白坂さんは今日ここまでも写真を撮りまくっている。


 僕も何回か写真を撮っては妹に送ってたけど、ただ海が映っているだけの写真ばかりだったので、三回目からは”同じような写真ばかり送るな”と怒られてしまった。

 やっぱり僕は写真のセンスが無いみたいだ。


 堂ヶ島を出発して三十分。時刻は午後三時半。

 頻繁に休憩したとはいえ、朝に伊東を出てからここまで百キロ以上は走って来たから疲れもかなり溜まって来た。


 もう少し走れば伊豆市の土肥に着くタイミングだけど、そろそろここら辺りで今日の寝床を決めておきたい。

 そして、もうすぐ伊豆半島も終わりだ。

 今後どこに向かうかをそろそろ本格的に考えなきゃいけない。


 僕は初めてのロングツーリングが終わりに近づいている事を感じていた。


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