第7話 三人用テントで快適に寝られるのは男女で二人まで
一話につき四千文字を目安に話を組み立てていますが、今回は区切りの都合で少し短くなってしまいました。
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最寄りのホームセンターに着いたのは午後六時前。
全国展開している大きなホームセンターで、春やゴールデンウィークのアウトドアに向けてなのか、キャンプ用品の品ぞろえも充実していた。
白坂さんはテントに泊まるのも今回が初めてで、こういった知識が全くないらしく、僕が少ない知識でアドバイスして、エイプのリアキャリアに乗るサイズでなるべく値段が安い寝袋とマットをいくつか候補として挙げて、彼女がデザインと色を考えて選んだ。
寝袋に関してはマイナス15度までの使用温度で、今夜の伊東の最低気温を考えたら問題ないと思う。
白坂さんがテントも別に買った方が良いか聞いてきて、僕も出来ればそうして欲しかたかったけど、キャンプ場には一張分の料金しか払ってないし、ここのお店にはファミリー用の、とてもエイプのリアキャリアには乗らないテントしか置いてなかったので断念した。
他に折り畳みの小さいイス、荷物固定用バンド、歯ブラシとか細々としたものも含めギリギリ一万円以内で収まった。
キャンプ場使用料を考えると、彼女の予定していた一泊の宿泊料金である一万円を少し超えてしまうけど、そこは我慢してほしい。
買い出し後、寝袋とマットを積んでキャンプツーリングのイメージに変わったエイプを見た彼女は手を叩いて喜んでいた。
次は温泉。
更に二十分程走って日帰り温泉施設に到着し、白坂さんと待ち合わせ時間を決めて男湯に向かう。
小さな露店風呂も付いた温泉で、少し熱めの温泉に浸ると今日一日の疲れがお湯に溶けて行くように全身の力が抜けて行った。
ゆっくりと温泉を堪能した後男湯を出ると、白坂さんもちょうど同じタイミングで女湯から出て来た。
「あー、気持ち良かった。温泉最高だったね!」
笑顔でそう言った彼女と並んで休憩室のソファーに座り、どこで夕食にするかを相談する。
彼女も僕に会う前に、途中の海浜公園という所でたこ焼きを食べただけということだったので、かなりお腹が空いてるらしい。
「北条君は何か食べたいものってある?」
「うーん。やっぱり伊豆に来たんだから海鮮かな?」
「やっぱり?だよね!オッケー探してみる」
今日一日節約したし、折角の旅なんだから使うときには使わなきゃ意味が無い。
僕らは同時にスマホを操作して海鮮料理店を探し始める。
「ねえねえ、ここなんてどうかな?」
白坂さんがすっと僕に寄ってきてスマホの画面を見せて来た。
その瞬間、白坂さんから凄くいい香りがして、僕は思わずドキッとして彼女に目線を移すと、湯上りで火照ってピンクに染まった彼女の首筋に、乾かしきれなかった髪の毛が幾筋か流れている光景が目に飛び込んできた。
ヤバい!なんか凄く色っぽい。
改めて気付かされたけど、白坂さんは凄く美人だ。
そんな綺麗な人が湯上りの火照った体を密着するくらい寄せてきている。
「ほら、地元の回転ずし。地魚も沢山あるみたい」
そう言われ、彼女が見せて来たスマホの画面に慌てて目を向けるが、内容は全く入って来なくて「ああ。うん、いいね」って空返事をするのが精一杯だった。
その後、少し休憩して、僕も落ち着いてから白坂さんが見つけた回転ずし屋に向かい、夕食を摂る。
彼女が選んだその回転ずし屋さんは地元っぽいお客さんが殆どで、安くて凄く美味しかった。
熱海で食べられなかった金目鯛も、煮つけじゃないけど握りで食べる事が出来て少しはリベンジ出来た気もする。
お腹が空いていた事もあって僕は十二皿、白坂さんも九皿を平らげ、多く食べた僕が多めに払おうとしたけど、ここでも白坂さんが奢ると言い出してひと悶着あった。結局半分づつ払う事で何とか決着したけど、なんか彼女に常に負い目を感じさせているようで申し訳ない気がする。
お腹も膨れ、満足した僕たちはそろそろキャンプ場に戻ることにした。
途中、白坂さんがコンビニに寄りたいと言ったので、飲み物などを買ってキャンプ場に戻ったのは午後九時半を回った頃だった。
テント前にイスと小さなテーブル。その上にLEDランタンを出して、白坂さんに誘われるまま、夜の海を眺めつつコンビニで買った飲み物を飲みながら少し話をした。
朝の駐車場で僕がそそくさと走り去ってしまったので困った。とか、午前中は何処に寄って何を見ただとか、今日の出来事を白坂さんが喋るのを僕が頷いて聞いてる事が多かったけど、のんびりとした時間が流れていく。
「―――ホントホント!『僕でしゅか?』って思いっ切り噛んでたもん。悪いと思ったけど思わず笑っちゃった!」
「そうだっけ?多分緊張してたからかな。そういえば白坂さんも結構食い気味に返してくるから、僕に最後まで喋らせたくないのかと思ったよ」
「あー、私の悪い癖だ。私も緊張しちゃうと、早く何か喋んないとって思ってつい」
「え?あの時緊張してたの?全然そんな風に見えなかったけど」
「すうー-っごく緊張してた。北条君、なんか私から逃げようとするから、嫌われてるのかと思ってさ」
「ごめん、僕も色々あってテンパってたから。嫌ってたわけじゃ......」
「そうなんだ......でも良かった。嫌われてたんじゃないって分かって。それに......」
「それに?」
「......北条君が敬語使わなくなったから。普通に話してくれるようになってちょっと嬉しかったりする......かも」
「あっ......」
そう言われて気が付いた。
僕は一体いつから彼女に敬語を使わなくなったんだろう。
「っと。そ、そうだっけ?」
「そうだよ。ちょっと仲良くなれたと思ったらまた敬語を使われたりして、あー、やっぱり迷惑なのかなとか、なにか気に障るようなこと言ったのかなって......」
「ご、ごめん!それは僕の癖なんだ、だから本当に嫌っていたとかではなくて......」
「うん、別にいいの。それに今はこうやって普通に話してくれるし」
僕の敬語は僕自身の、僕の心を守るためのバリアだ。
だからこうして僕の言葉で傷ついた人が居る事を知って......いや、本当は薄々分かってたかも知れない。頭の中に幾人かの少しさみしそうな笑顔が浮かんで消えていった。
「......っつ、そろそろ寝ようか?明日も早いし」
「そっ、そうだね。私もちょっと眠くなってきたかも」
イスとテーブルを片付け、二人で歯磨きをしてからテントに戻って来きたけど、あれから僕も白坂さんも必要以上のことは一言も喋らなくなった。
「......じゃ、じゃあ、寝よっか」
先にテントに入った白坂さんは、一言そう言ってテントの奥に寝袋を広げ、そそくさと潜り込んだ。
「それじゃ、おやすみなさい」
僕は彼女にそう声を掛け、テントの外から入口のファスナーを締めた。
と、数十秒後、テントの中からゴソゴソと音が聞こえたと思ったら、テントの入口が勢いよく開き、顔を真っ赤にした白坂さんが顔を出した。
「ちょ、ちょっと!何してるのっ?」
「何って。寝ようと思って......」
テントの前室に広げたマットを指さしてそう答えると、彼女は頭をブンブンと振った。
「なっ!なん......中で寝れば良いのに!私はべ、別に大丈夫だし......あっ、もし私が邪魔だったら私がそこで寝るからっ!北条君のテントだしっ!」
「いや、白坂さんは中で寝てよ。僕は最初からこうするつもりだったし、全然大丈夫だから」
僕の言葉を聞いていないのか、彼女は四つん這いのまま僕にお尻を向けて、自分の寝袋をテントから引っぱり出そうとしだしたから、僕は慌てて止めに入った。
「いやっ、ホントに大丈夫だから!」
別に前室だってフライシートが掛かってるし、この季節だったら虫も出ない。気温もそんなに下がらない予報だったから、寝袋があれば寒さで眠れないなんてこともないと思う。
少し狭すぎて寝返りも打てなさそうだけど、問題はそれくらいだ。
逆に白坂さんとインナーテントで並んで寝る事になんてなったら、そっちの方が緊張して朝まで寝られないと思う。
そんな風に思っていた時が僕にもありました。
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