第6話 僕はニヤニヤなんかしていない。絶対にだ!

 大室山のリフト乗り場にはお土産屋さんや飲食店があって、少し休憩できるベンチもいくつか設置されている。

 僕は今、そのベンチの一つに座って、この辺りにあるキャンプ場を調べていた。

 今日僕は初めて一人でキャンプをする予定だ。

 RZに積まれた大量の荷物も、殆どがテントと寝袋とマットで占められていた。


 時刻は午後三時。

 そろそろ今夜の寝床を探さないと公園で野宿する羽目になるかも知れない。

 この辺りでいくつかのキャンプ場をピックアップした中で僕が選んだのは、ここから約二十分程の城ヶ崎海岸にある海の見えるキャンプ場。

 

 こじんまりとしてトイレと簡単な炊事場があるだけの小さなキャンプ場だけど、料金も安いし静かに過ごせそうだ。

 まだ空きがあることを祈って電話番号をタップしようとした時だった。


「ごめーん、おまたせ。結構混んでてさ~」


 スマホから顔を上げると、両手に缶コーヒーと紅茶を持った白坂さんがトイレから戻ってきた所だった。

 彼女は僕の隣に座ると、はいと言って缶コーヒーを僕に差し出してきたので、お礼を言って受け取った。


「ホントにこれで良いの?お礼」

「これで十分です。ありがとう」


 彼女はうん。と言って数回頷くと、僕の隣に座って紅茶を飲みながら僕がスマホをいじっているのが気になったのか、僕の手元を見て来た。


「誰かに連絡?邪魔しちゃったかな?」

「いや、今日の寝床を探してて......」


 ここまで口にして僕は気が付いた。

 いったい彼女はこの後どうするつもりなのかと。

 まあ、この時間にここに居るってことは今日は何処かに宿を取っているのだろう。

 結構大き目とは言え、バックパック一つだけの荷物では精々着替えが精一杯。

 となると、奇妙な縁で始まった、長いようで短かった彼女との旅もここで終わりだろう。


「白坂さんは今日は何処かに泊まるんですか?」


 すると彼女は今更慌てたようにスマホを取り出した。


「あっ、と。うん、泊る予定だったんだけど......実はまだ泊まるとこ決めてなかった」

「え?」

「えーと、因みに北条君は何処に泊まるの?」

「えっと、この近くのキャンプ場にしようと......」


 そう答えてから、何故そんなことを確認するのか考えて一瞬嫌な予感がしたが、「平日だし、大丈夫だよね」と呟きつつスマホを操作し始めた彼女を見て、僕は少し安心した後に、自分もまだ寝床が決まっていない事に気が付いて慌ててキャンプ場に連絡をすることにした。


 ♢♢♢


「はい......はい。分かりました。それじゃあ、よろしくお願いいたします」


 僕の今夜の寝床は無事決まった。

 今日は他のお客さんがいないらしく、管理人さんももう少しで帰ろうと思っていたそうだから危ない所だった。午後五時まで待っているからそれまでに受付に来て欲しいらしい。


 電話を切ってから寝床が確保できたことに安堵しつつ白坂さんの様子を見ると、未だスマホとにらめっこをしては、時々電話を掛けたりしていた。


「そうですか......分かりました。ありがとうございます」


 白坂さんは中々苦戦しているみたいだ。

 何カ所も電話を掛けているが、空いている宿が無いらしい。


「結構混んでるみたいだね」


 僕がそう声を掛けると、白坂さんはスマホを操作しつつため息を吐いた。


「なんかね、伊東で昨日から大きな団体の研修をやっているらしくて、この辺は多分どこの旅館もホテルもいっぱいだって......だから少し南の方のホテルとかも調べてるんだけど、こっちはサーフィンの大会が明日からあるらしくて、こっちも厳しいって言われた......」

「そうなんだ......」


 かなり焦りだした彼女を見て『ライダーは助け合い』の自分ルールを思い出した僕は少し手伝う事にする。


「僕も少し調べてみるよ。予算はどれくらい?」

「あ、うん、ありがとう。迷惑掛けてごめんね。予算は本当は一万円位だったけど、一泊だけなら三万円まで出せるよ」


 三万円とは太っ腹だ。

 多分何かあっても三泊くらい出来るように準備したんだろうけど、最悪ここで全部使っても良いということか。そういう事ならと、僕もさっそく彼女の宿探しに協力する。


 が、それから三十分たっても彼女の宿は決まらなかった。

 

 伊東は全滅。

 小さな民宿のようなホームページや観光協会に載っていないような宿があるかも知れないけど、伊東市内まで行って見つからなければそれこそ目も当てられない。

 

 伊豆高原や城ケ崎もダメ。それに結構高級な宿が多くて平日とは言え、金曜日の当日料金は割高で、三万円という大金でも選択できる宿がかなり限られてくる。

 更に南、赤沢、熱川も白坂さんが調べていたけどダメだった。


 今から家に帰るにしても、ここから地元まで確実に百キロ以上はある。

 自動車専用道路や高速が使える125cc以上のバイクならまだしも、一人で制限速度三十キロの原付をずっと一般道。途中からは確実に夜になるし、しかも今日一日走って疲れた体だ。長距離を走るのは危険だろう。

 後は山を越えて修善寺か、熱海まで戻るしかない。


 春分を過ぎたとはいえまだ日の入りはそんなに遅くない。

 空を見ると暖かだった太陽も既に大室山の向こう側に隠れようとしている。


 疲れた体で修善寺方面の山越えは危ないからと、白坂さんに熱海まで戻ることを提案しようと声を掛けようとしたとき、泣きそうな表情でスマホを握り締めている彼女が何かを呟いた。


「―――なぃ?」

「何?」


 小さく震える声で何か言っているのだけど、よく聞き取れなかったので聞き返すと、白坂さんは暫く沈黙した後、振り絞るように声を出した。


「迷惑じゃなかったら......迷惑だって分かってるけど―――」


 あ、なんかヤバい予感が。


「もっ、もし良かったら私も一緒に......泊めてもらえないかな」

「......」


 いや、普通に無理だから。

 僕は白坂さんの発言を聞かなかったことにして熱海まで戻る事を勧める。


「戻ることになっちゃうけど熱海だったら空いているかも。調べてみようか?」

「戻るのはイヤ......」


 そう言って白坂さんは首をフルフルと振った。

 なんだろう。何故か急に白坂さんが駄々をこね始めた気がする。


「でも、修善寺だとこれから山を越えなきゃいけな―――」

「なるべく迷惑かけないようにするから......無理ならテントの横で寝るから!お願いっ!」


 普通にテントの横で寝られても困るし、そのせいで風邪でも引かれたら更に困る。


 耳を真っ赤にして僕に向かって頭を下げている白坂さん。

 

 多分彼女も、高校生の男女が同じ屋根の下で寝るという事はどんなに危険な事か百も承知の上で、それでも勇気を出して言っているのだろう。

 僕は彼女がいくら人目を惹くくらい可愛いとはいえ、いや、可愛いからこそ何もしない自信がある。

 

 ただ、人付き合いが苦手で、しかもここ半年の間にがあった僕は、今日知り合ったばかりの、しかも若い女性といきなり同じ屋根の下、というか、同じテントで寝る事に物凄い抵抗がある。


 だけど困っている白坂さんを見捨てて、ここで、はいさよなら、と言う事も出来ない。

 頭を下げ続ける白坂さんに、何事かと見てくる周りの観光客の視線も僕的にはかなり痛いし、時間的にもそろそろタイムリミットだった。


 まあ、一晩くらい星を眺めながら眠りにつくのもいい経験かもな。


 僕は自分にそう言い聞かせてから小さくため息を吐くと、キャンプ場の電話番号をタップして、電話に出た管理人さんに人数が増える事をお願いした。


 ♢♢♢


 大室山から約三十分。

 分かりづらくて少し道に迷ったけど、まだ太陽が出ているうちに何とか今日の寝床であるキャンプ場に着いた。

 もちろん白坂さんも無事に付いてきた。


 管理棟で待っていてくれた管理人さんに遅れたお詫びをしてから手続きを済ませる。

 料金は全部自分が払うと言って聞かない白坂さんを何とか説得し、取りあえずテント使用料を彼女に出してもらうことで納得してもらった。

 僕が彼女の立場だったらそれくらいしないと納得できないし、ずっと引け目を感じて折角のツーリングを楽しめないだろう。


 それにしてもなかなか良いキャンプ場だ。

 敷地はサッカーコート半分くらいだけど、全面芝生で寒ささえ凌げれば野宿でも何とかなりそうだし、トイレもパッと見た感じでは清潔そう。

 でも、何より気に入ったのが目の前に見渡す限りの海が広がっている事だった。


「他のお客さんはいないけど、あまり夜遅くまで大声出して騒いじゃ駄目だよ。あと、エンジンを掛けなければテントの横まで乗り入れて良いからね」


 管理人さんが管理人室に鍵を掛けながらそんな注意をした後、何故か僕に向かって親指を立て、グッと突き出してから軽トラに乗り込んで颯爽と走り去っていった。


 まあ、そうみられても仕方がないけど、そんなことは無いから心配しないで欲しい。

 因みにその時の白坂さんは、今日一日僕が見てきた白坂さんに戻っていて、「海だー!」と叫びながら芝生の上を走り回っていた。

 おい!管理人さんの注意をちゃんと聞いてなかったのか?

 僕はまた小さくため息をついてから彼女の後を追った。


 僕らはトイレから比較的近くて眺めの良い場所にテントを設営することに決めると、RZから降ろしたテントの設営に入る。


 有名なメーカーの二~三人用ツーリングテントで、比較的安かったし、広い方が良いかなと思ってネットで買ったんだけど、実物が届いてみたら意外と大きくて、RZに積むのが大変だった。

 もし今度テントを買う事があったら、一人用のコンパクトなテントにしよう。


 白坂さんがワクワクした目で手伝うと言ってくれたので、少しだけ手伝ってもらう事にした。

 実際に使うのは今回が初めてだけど、一度庭で組み立ててみた事があるから、十分もしないですんなり設営が完了する。


「凄いね。今日私たちここで寝るんだ!ね、入っても良い?」


 僕が頷くと、白坂さんはそそくさとテントに入って大の字に寝転がった。


「広ーい!楽しー!」


 僕がそんな白坂さんに苦笑しながら、マットや寝袋と言った他の荷物をテントに運び込んでると、彼女はテント内で正座をして僕に頭を下げて来た。


「泊めてくれてありがとう。凄く助かったし......凄く嬉しい、です」


 白坂さんの改まった態度と言葉に急に緊張してしまう。


「い、いやっ、べっ、別に良いよ!それより―――」


 早口でそう答えてから、この雰囲気から逃げ出すように、今日のこれからの予定を相談しようと切り出した。


 今日これからやること。


 先ずは買い出しだ。

 今日ここで寝るには最低でも彼女の寝袋。多少の出費を覚悟して貰ってでも必ず必要。出来ればマットも欲しい。


 次に風呂。

 折角温泉の宝庫の伊豆に来たんだから温泉に入らないという選択肢はない。

 日帰りの温泉施設が伊東にも沢山あるので、そこでさっぱりする。


 最後は食事

 午前中に熱海でさつま揚げ二本を食べたきりなのでお腹がペコペコだ。


 二人でそう相談し、僕らは再びバイクに跨ると、最寄りのホームセンターに向かって走り出した。


 僕は何故か、彼女がさっき口にした『凄く嬉しい』の言葉が頭から離れず、RZの上でその言葉の意味をずっと考えていた。


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