第3話 挙動不審な僕の願いが打ち砕かれた山頂
「おおー、熱海に着いた!」
白ヘルから逃げるように走り出した僕は、湯河原を過ぎても休憩するタイミングが掴めずに、そのままずるずると走り続ける事三十分、白い砂浜と国道沿いにでっかい観光ホテルが立ち並ぶ熱海の中心街まで走ってきてしまった。
取りあえずどっかで休憩を、と思ったが、朝から何も食べていない事を思い出した。
せっかく熱海まで来たんだから何か地元の物を食べたい。
駅の方に行けば商店街がある事を以前テレビで見た事を思い出して、熱海駅の近くにバイクを止められる市営駐輪場を見つけてRZを止めてから、さあ何を食べようかと歩き出した所でスマホが妹からのメッセージを受信した。
そう言えば、父さんには数日ツーリングに行くことを話してあったけど、妹には何も話して無かった事に気が付き、メッセージを確認すると、案の定、何処に行ったのかと心配する内容だったので、数日間ツーリングに出ることと、今熱海に着いたことを返信する。
”お土産よろしく!気を付けてね~”
この春から高校に進学する二つ下の妹との仲は悪くないが、妹や父さんの顔を思い浮かべると急に現実に引き戻された気がして、少し苦笑してから”了解”と返信し、改めて気持ちを入れ替えて商店街に向かった。
少し歩くと熱海駅の南口?のロータリーの向こうに商店街らしいアーケードが見え、平日の午前中にも関わらず結構大勢の観光客が歩いているのが目に入る。
「意外と若い人で賑わってるな」
熱海には年配の観光客がまばらにいるようなイメージを勝手に持っていたけど、卒業旅行らしき男女のグループや若いカップルが大勢いて、楽しそうに歩いている。
そんな楽しそうなグループを横目に、なにを食べようかと商店街をブラブラしていると、串に刺さったさつま揚げのような物を食べ歩きしている人を沢山見掛けたので、あれにしようと決め、お店を見つけてゲソ入りと紅ショウガ入りの二つを買って、更にお土産屋で見つけた静岡茶コーラなる物を興味本位で購入してから、アーケードの入口近くのベンチに座って美味しく頂いた。
本当は『金目鯛の煮つけ定食』と書いてあった定食屋ののぼりにフラフラと吸い寄せられ、三千円というお値段に足が止まり、準備中の札によって撤退したりもしたけど。
バラ売りで買った温泉饅頭を頬張りつつ観光案内版を眺めていたら、隣の来宮駅のすぐ近くに来宮神社という神社を見つけたので、この旅の安全祈願を、と思いRZで気軽に向かったところ、期待以上に良い神社だった。
旅の安全をお願いし、御朱印を頂くために御朱印帳を買うか十五分くらい悩んだけど、財布と相談した結果、結局そのまま来宮神社を後にする。
お腹もいっぱいになったし、安全祈願も済ませたし、たっぷり休憩もした僕は、再び海沿いの国道135号に出ると、またいつか来宮神社に御朱印を頂きに来ることと、金目鯛の煮つけ定食にリベンジすることを心に誓って熱海市街に別れを告げ、伊東方面に向けて走り出した。
♢♢♢
熱海市街を後に再び山道を抜け、いくつかの小さな町を通過しながらひたすら南下する。
国道沿いの道端に干物が干された小さな商店街を過ぎ、長い山道やいくつものトンネルを抜けると、いつの間にか熱海市を抜けて伊東市に入っていることに気が付いた。
そろそろ休憩しようかと、休憩する場所を探していると、『道の駅伊東マリンタウン』と書いた看板が目に入ったので、ちょうど良いタイミングとばかりに休憩することにした。
トイレに寄ってから自販機で缶コーヒーを買って、出航する遊覧船を見ながら暫くぼーっとする。
良く晴れた青空と暖かい日差しに、このまま動きたくなくなるが、心を鬼にして立ち上がり、次の目的地を決めようと観光案内所に立ち寄って、色々な施設のリーフレットを眺める。
この近くのレジャー施設や美術館、観光名所や温泉など沢山のリーフレットを眺めていると、その中の1つが目に付いた。
(大室山リフト?あっ、こっちは小室山リフトって書いてある)
リーフレットにはスキー場のような斜面を登るリフトの写真が載っている。
景色も良さそうだけど、それ以上にリフトに乗ってみたい。
次の目的地をこのどちらかに決めて、ここからだったらどっちが近いかと考えていると、カウンターのお姉さんが声を掛けて来た。
「大室山に行くの?」
「あっ、はい。この大室山と小室山、ここから近いのはどっちかなと思って」
「近いのは小室山ですよ。車だったら二十分くらいかな。大室山はそこから更に二十分くらいかしらね」
遠い大室山まで約四十分か。まだ十二時過ぎだし、せっかくだから両方行ってみるか。
「小室山に行くんだったら、ここでリフトの割引チケットを売ってます。大室山のリフトはそのリーフレットを見せれば割引になりますよ」
ここでチケットを買ってしまえば行かざるをえなくなるけど、色々教えて貰えたし、まあいいか。
♢♢♢
お姉さんの言う通り、伊東マリンタウンからゆっくりと二十分ほど走った所で小室山に到着した。
駐車場から少し階段を登ると小さなお土産屋さん兼チケット販売所があり、その横のリフト乗り場に立っていた係りのおじさんにチケットを渡して、少しワクワクしながらリフトに乗りこんだ。
申し訳程度の雨よけが付いた一人乗りのリフトは、僕の体重でギシッっと音を立てた後、少し前後に揺れながら時々ガタンガタンと音を立てて、山頂の先に広がる青空に向かってゆっくりと進んでいく。
リフトが小室山の中腹まで来る頃に左前方に海が見え始め、背後を振り向いた僕の目には大きく真っ白な富士山が映り込んだ。
(おおっ!富士山でかっ!)
そう言えばこの旅で富士山をまともに見たのはこれが初めてだ。
家の近くでも富士山が見える場所は何カ所かあるけど、遥か遠くに小さく見えるだけだから、こんなに大きい富士山を見たのは初めてかも知れない。
富士山の雄大さと美しさに圧倒されていると、あっという間に頂上に着いてしまい、想像以上の楽しさに後ろ髪をひかれながらもリフトを降りると、こじんまりとした、だけど歩道が綺麗に整備された山頂が広がっていた。
少し先には半分地面に埋まったように見えるガラス張りのおしゃれなカフェがあり、そのお店の屋根の上も遊歩道になっているらしく、観光客が立ち止まって写真を撮っている。
僕も少し速足で遊歩道を進んでいくと、徐々に広大な風景が見えて来た。
「おー、これは!」
向かって左手には今日これまで走って来た海岸線が春霞に消えるまで続き、右手にはこれから向かう海岸線が連なっている。
そして正面には、伊豆七島を並べた相模湾が視界一杯に広がっていた。
この旅が始まってから沢山の景色を見て来たけど、ここは今日一番の絶景だろう。
青い空と広い海、暖かな日差しに時々吹き抜ける爽やかな風。
無意識のうちに大きく深呼吸すると、勇気をだしてソロツーリングに出て本当に良かったなと実感する。
何気なく視線を少し下に向けると、下のカフェのウッドデッキが見えて、そのウッドデッキから突き出るようにガラスで囲まれた桟橋のような物が斜面に飛び出ている。
「あれは何だろう。面白そうだ」
そう呟き、遊歩道を下ってカフェの入口まで向かったが、カフェに入口に小さな看板が出ていて、どうやらあの桟橋のような場所はカフェのお客さんじゃないと入れないらしい。
うーん。アイスカフェラテが美味しそうだけど、お店の雰囲気がお洒落すぎる。
中にいるお客さんもカップルや女性グループばかりで、ヨレヨレのライダーズジャケットを羽織ったボッチの僕が足を踏み入れるにはハードルが高すぎる。
こんな時だけは妹が一緒にいたらと考えてしまうが、いないものはどうしようもない。
どうしようかと店の入口で暫くウロウロしていたら、僕の方を見て不思議そうな顔をしている店内のカップルと目が合ってしまった。
ヤバッ!完全に不審者に思われた。
こうなってしまっては、僕に残された選択肢は撤退の二文字しかない。
カップルに頭を下げ、回れ右をしようとしたその時、後ろから声が聞こえてきた。
「あの。すみません」
反射的に振り向いた僕の目の前には、ちょっとビックリする程美人なお姉さんが少し疲れたような表情をして立っていた。
あー、他の人にも迷惑を掛けてしまった。
店の入口で挙動不審の男がウロウロしていたら、入りたくても入れないだろう。
「ごっ、ご、ごめんなさい。どうぞ」
入口の前から咄嗟に退いてからペコペコと頭を下げて、そそくさと逃げ出そうと、速足で歩き出した僕の背中にまたしても声が掛けられた。
「あっ!ちょっと!」
自分に掛けられた声だと思いたくないが、状況からして明らかに僕に対して放った言葉だろう。
”邪魔なんだよ!この挙動不審の童貞野郎!”
そんな言葉の刃がこれから僕の心をズタズタに引き裂くのを覚悟で、恐る恐る振り向いてみる。
「ぼっ、僕でしゅか?」
少し噛んでしまったけど問題ないだろう。
こんな美人さんなんだから、話相手が舞い上がってカミカミになった状況なんて日常茶飯事に違いない。
「ふふふっ」
「ふえっ?」
罵声を浴びせられることを覚悟していた僕に対して、美人さんは軽く握った手を口元に当てて微笑んだので、予想外な反応に変な声が漏れてしまった。
「あの、今朝はありがとうございました」
そう言ってペコリと頭を下げる美人さん。
「今朝?」
今朝って言われても、僕はこんな美人と知り合った覚えはない。
スラっとしたスタイルのせいか背が高く見えるけど、僕より頭一つ低い身長は百六十センチくらいか。
大きく切れ長の瞳にスッと通った鼻筋、小ぶりな唇にきめ細かい白い肌。
顔のパーツすべてが完璧でバランスが取れているために、顔だけみれば少し冷たい印象を受けそうだけど、肩に少し掛かる長さのフワッとしたミルクティー色の髪がほんわかとした温かい雰囲気を醸し出している。
見た感じの年齢は僕より少し上の大学生くらいだろうか。
淡いオレンジのスニーカーに黒のジーンズ、上半身はライトグレーのライダーズジャケットを羽織り......
「ん?」
ライトグレーのライダーズジャケットに黒のジーンズ?
どっかで見た記憶が......
すると彼女はニコッと笑って、何かを摘んで回す仕草をした。
「あっ!白ヘルっ」
あの時願った声の可愛い男性やおば様の可能性は、目の前で微笑む美人さんによって脆くも打ち砕かれてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます