第2話 声の可愛い男性を助けると休憩は出来ない

「あの......すみません」


 自意識過剰なのは十分承知しているけど、今の僕には理由があって若い女の人と接するにはハードルが高すぎる。

 小柄な男性か、せめてかなり年上のお姉さんであって欲しいとの期待も、そのかわいらしくも弱々しい声でその可能性がぐっと低くなった。


 周りを見渡すが、残念なことに僕以外の人間は誰もいない。ワンチャン僕のRZに声を掛けたのかもと思ったけど、白いメットは僕の方を向いていて、スモークシールドの向こう側の目は僕の姿を捉えているらしいことは確実だろう。


 なに、気分が上がって誰もいないと思いちょっと奇声を発しただけだ。

 それにただ道を聞かれるだけの可能性の方が高いだろう。地元じゃないから聞かれても困るけど。

 それともあれか?小学生の時に教わった、不審者が居たら積極的に挨拶しましょうってやつか?

 声を掛ける事で犯罪防止がうんたらかんたらってやつ。

 とっ、取りあえず何か返事を。


「あ......っと、ぼっ僕、ですきゃ?」


 ふうっ、大丈夫だ。

 不審者やナンパだと思われないようなスマートな返事が出来た。


「は?、はい。あの、ちょっとお聞きしたいんですけど、バイクが故障した時って何処に連絡すれば良いか知ってますか?」


 ほら良かった!不審者だと思われてなかった。って、バイクが故障?


「こ、故障ですか?」

「はい、その、急にエンジンが止まっちゃって......それで」


 ヘルメットで顔は見えないけど、(多分)彼女は、(多分)困った顔をして、自分のバイクに(多分)目を落とした。

 僕は”多分”がゲシュタルト崩壊しそうな頭で、改めてバイクが故障した場合にどうしたら良いかを考えたけど、RZは普段のメンテナンスのお陰か、幸いにも今まで出先で故障したことは一回もなかった。


 警察、は違うか。消防も救急も違う。確か車が故障したときにJ何とかっていう所に電話すれば助けてくれるって聞いたけど、バイクも大丈夫なのか?

 もしRZが故障したとしたら......僕だったら......父さんに連絡するかな。


「あの、誰か身内や友達に連絡することはできますか?」

「えっと、身内はちょっと......友達もここまで来れる人は......」


 事情は分からないが、身内が来られないんだったら方法は限られていると思う。

 お金は掛かるがバイク屋に電話するしかないのではないだろうか。

 僕がそう言おうとした所、白ヘルがまた声を発した。


「あの、申し訳ないんですけど......少し見て貰えませんか?」

「......は?見るって何を?」

「私のバイクを......男の人だったら何か原因が分かるんじゃないかって......勝手な想像ですけど」


 いやいやいや、RZは普段から自分でメンテナンスしているとはいえ、他人の、それも初めて見るバイクの事なんて僕には分からない。


「いや、僕もバイクの事はよく分かりませんし、下手に触って余計に壊しちゃったらあれですし、やっぱりちゃんとプロに頼んだ方が良いと思います」

「プロってバイク屋さんですか?......やっぱりそれしか......」


 白ヘルはそう言って大きくため息を付くと、再びバイクの向こう側にしゃがみ込んだ。

 何か急ぐ用事でもあったのか?それともお金の問題か?

 幾ら掛かるか分からないけど、僕だって同じ状況でいきなり何万円も掛かるっていわれたら困るしな。

 だけど、しゃがみ込んで「どうしよう......」と呟く白ヘル見ていると、急に同情したくなってきた。

 しょうがない、少し見てみようか。たぶん分からないと思うけど、その時は他のライダーが通り掛かるのを待って助けを求めるか、バイク屋に電話するしかないよな。


「あの、じゃあ僕で良ければ少し見て―――」

「本当ですか!ありがとうございます!」


 僕が言い終わらないうちにバッと立ち上がった白ヘルは、ペコペコと頭を下げ始めた。

 まるで僕がそう言いだすのを見透かしたような食い気味の態度に少し納得がいかないけど、同じライダー同志だし、困ったときは助け合いだよな。助けられるか分からんけど。

 僕は一旦RZに戻り、自分の荷物から常備工具セット(父さんにこれだけはいつも持っておけって言われた『マイナスドライバー』『ニッパー付きのラジオペンチ』『プラグレンチ』『針金』『ビニールテープ』)を取り出してから、改めて白ヘルのバイクに向き直った。


 ♢♢♢


「アペ?っていう名前ですか?」


 白いタンクには『Ape』と書かれたロゴが貼ってあり、そのまま読んだ僕に白メットは失笑したように「エイプ50です」と訂正を入れて来た。

 その態度に、このまま二、三分ただ眺めてから分かりません。と言って立ち去ろうと考えたけど、『ライダーは助け合い』の自分ルールを何とか発動し、気持ちを抑えて改めてバイクを観察する。

 ホンダの4ストロークエンジン?50ccかな。燃費良さそう。

 改めて故障した時の話を聞くと、僕がここに来るちょっと前にエンジンを掛けて出発しようとしたら、急にエンジンが息をついて止まってしまい、それからうんともすんとも言わなくなったらしい。


「ここに来るまでに転倒したり、どっかにぶつけたりしましたか?」

「転んではないです。ぶつけた覚えもないんです」


 少し日常使いで出来たと思われる傷がついていたりするが、外装やマフラーに大きな傷は無いし、エンジンオイルの漏れも見当たらないから、外部からの衝撃で壊れた線はないだろう。


 次にキーをONにするが、電装系も取りあえず問題無さそう。

 まあその辺りは後でプラグを抜いたままキックすれば分かるか。

(多分)不安そうに見つめる白ヘルを横目に、自分で分かる範囲でさっさと済まそうと思い確認を進める。

 取りあえず試しにエンジンを掛けてみるかとキックペダルを踏み下ろすと、RZとは違う感覚と共に、ボボボボッと低い排気音が響いた。


「掛かった!」


 白ヘルが喜びの声を上げた途端、エイプの排気音はボッボボッっと息をつき止まってしまった。


(エンジンは掛った。プラグがかぶってた?違うな。吸排気の問題?燃料系......燃料系?)


 そこまで考えてからハッとしてエイプを左右に揺すってみると、タンクからはチャプチャプと少量のガソリンが揺れる音が聞こえた。

 ガックリ項垂れた白ヘルを横目に、まさかな。と思いつつも燃料コックを確認してから、白ヘルと一緒に僕もガックリと項垂れた。


 ♢♢♢


「やったー直った!」


 エンジンが掛かったエイプの横で喜んで飛び跳ね、変な踊りを踊り出した白ヘルに原因を伝える。


「燃料コック?」

「そうですね。ガス欠しても少しは走れるように、このコックをリザーブの位置に回すと、タンク内で別に仕切られた方に残ったガソリンが使えるようになります」

「そうなんですか。チャプチャプ音がするからてっきりガソリンはあるかと思ってました」


 故障でも何でもないまさかの結末に自分でも驚いている。

 僕はガソリンの残量に常に気を配っているし、ガソリンが少ない場合にエンジンが息をついたら咄嗟に燃料コックに手を伸ばす癖があるから、まさかガス欠だったなんて想像できなかった。


「このバイクのリザーブの容量は分かりませんが、この道を十分程走れば湯河原の町に出ます。国道沿いにガソリンスタンドがありますのでそこまでは充分走れると思いますよ」


 僕がホッとしてそう伝えると、白ヘルは「あっ、分かりました。ありがとうございます」と言ってしおらしく深々と頭を下げた。

 その時、頭を下げた白ヘルの白いうなじを偶然見てしまった僕は、白ヘルが多分若い女性であることを急に意識してしまう。


 ”ちょっと助けたくらいで馴れ馴れしくしないでよ!この童貞野郎!”


 白ヘルのそんな心の声を勝手に聞き取った僕は、これ以上彼女に関わると下心があるんじゃないかと疑われることを危惧して、急いでRZの元に戻ろうと歩き出した。


「あっ!あのちょっと―――」


 白ヘルが何か声を掛けてきたが、「ガソリンを入れたら燃料コックは必ず元に戻してください」と声を張り上げ、急いでメットを被りRZのエンジンを掛け、まだ何か言っている白ヘルから逃げるように、慌てて駐車場を後にする。


 ふーっ。なんか大変な目に合ったな。

 湯河原の町に向かって道を下りつつヘルメットの中でため息を吐くと、どっと疲れが押し寄せて来た。


(あれ?僕って何であの駐車場に寄ったんだっけ......)


 バイク乗りらしくカッコよく缶コーヒーを飲むことも、疲れた身体を休める事が出来なかった事にも気が付き、また盛大なため息が出た。


 まあでも、自分の常識の範囲で物事を決めてかかっては駄目だという教訓は得たし、RZは十分休憩出来ただろう。

 それに白ヘルも少しは助かっただろうし。


 結局最後までヘルメットを脱がなかった白ヘルの顔は分からなかったけど、もしかしたら声の可愛い男性やおば様の可能性も僅かに残っているから慌てて逃げなくても良かったんじゃ?

 そんなことを考えながらRZの燃料コックは大丈夫かと手を伸ばしたりしているうちに湯河原の町を通り過ぎて、僕とRZは神奈川県を後にして、伊豆の入口となる静岡県熱海市に突入した。


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 作者はエイプを所持したことはおろか、一度も触った事がありません。

 エイプの構造上についておかしな記述があっても、実在のエイプと違うバイク、フィクションとして読み飛ばして頂けるとありがたいです。

 エイプにも燃料コック付いてますよね?

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