第2話

「じゃあ、2階に戻ります……」

 ユリエは洗い物を終え、ゆっくりと車イスをスロープの方に向き直した。額の血は、食事を終えてから母親がやっと巻いてくれた包帯の下で、なんとか止まっていた。しかし、殴られた脇腹の傷は放置されたままだった。


 これはまた、酷いアザになるんだろうなあ……ユリエはそう思いながら、すでに酔いが回っている父親の脇を、ぺこりとお辞儀しながら通り過ぎ、車イスをスロープに乗せた。スイッチを入れて、スロープを車イスが上がっていく時。酔い潰れているかと思った父親の視線が、ちらとユリエを捉えた。ユリエは、それを見なかったことにした。それに気付いても、気付かなくても。どうせ結果は同じなのだから……。


 ユリエは寝る前に少しでも腫れが引くように、まだ赤い脇腹にクリームを塗り。額に巻かれた包帯を確かめ、電気を消し、ベッドに入った。暗闇の中で目をつぶっても、すぐには寝付けなかった。額と脇腹の痛みもあったが、それ以上にユリエを不安にさせているものがあったのだ。でも、もしかしたら今日はこんなケガもしたし。はないかも……?



 ユリエがそう思った時、その思いを打ち砕くかのように、2階へのスロープを、ずいっ、ずいっ……と足を引きずるように登ってくる音が聞こえてきた。そして、ノックも何もなく、ユリエの部屋のドアが、きぃ……と静かに開いた。ドアに鍵をかけるのは禁じられていた。階下からの薄明かりでシルエットになっているその人物は、まごうことなきユリエの父親だった。


「ユリエ……」

 それは、父親にしてみたら優しい声をかけているつもりなのかもしれなかったが。ユリエにとっては、背筋がぞっとする以外の何物でもなかった。薄闇の中、父親はユリエが寝ているベッドに近づき。その髪をそっと撫でた。そして、額に巻かれた包帯に触れた。


「今日はすまなかったな……でも、お前が行儀良くしてさえくれたら、あんなことにはならないんだよ。俺も本当はあんなことしたくないんだ。わかってくれるよな……?」


 髪を撫でていた父親の手は、やがて頬を指でなぞりながら通り過ぎ、そのままずっと下に、ゆっくりと降りて行って……やがて、ユリエの乳房に辿り着いた。そこからはもう、父親の、それまでの見せ掛けだけでも存在していた優しさのようなものは、どこかへ消し飛んでしまった。


 左手でユリエの口を塞ぎ、右手で荒々しく乳房を揉みしだき。はあはあと激しく酒臭い息をユリエに吐きかけながら、ボタンを外すのももどかしいように、自分の穿いていたズボンを降ろし始めた。ユリエはその間、一切抵抗しなかった。抵抗すれば、先ほど夕食の時に負わされた怪我以上の痛みを味わう事になると、これまでの経験からわかっていたからだった。やがて父親はユリエの上にのしかかり、体を前後に動かし始めた。


「ユリエ……ああ……」

 自分の名を呼びながら、いま自分の目の前で、恍惚とした表情を浮かべているだろう父親から目をそむけながら。ユリエは思っていた。ここは、あたしの家じゃない、この人は私の親なんかじゃない! いつかきっと、誰かがあたしを……。


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