第2話

 それ以来、私は以前にも増して、他人と関わりあうのを避けるようになった。大学を卒業し、一応ちゃんとした企業に就職する事も出来たが、新人の歓迎会や忘新年会など社内の集まりには、なんやかやと理由をつけて参加しなかった。そのうち社内では、私のことをちょっと変わり者なんだと認識するようになり、そういった集まりへの誘いもなくなっていった。それこそ私には好都合であったのだが。


 それに比例して、社内での仕事でも重要な仕事、責任あるポストからは自然と遠ざかるようになった。そしてそれこそ、実は私には好都合だった。「大事にするもの、しなくてはいけないもの」から距離をおく。彼女が入院したあの一件以来、私はそうやって生きていこうと決めていた。何かに固執せず、固執せずに済むような生き方をしていこうと。


 テレビや雑誌、インターネットの広告などで気に入った商品を見かけても、それを購入したりしない。手軽に扱える、安物だけを選ぶ。そしてそれが生活に馴染んできても、それに固執しない。物だけでなく、人間関係に於いても。自分の身の回りには、「壊れてもいいもの」しか置かないようにする。それが私にとって、いや、周りの人間にとっても一番だと思っていた。自分も他人も不幸にしない、それが唯一の方法だと。


 しかし。ある時、そんな私の人生に転機が訪れた。父親が死に、元々体の弱かった母親が一人暮らしになり、私が面倒を見ることになったのだ。私とすれば、出来れば母方の実家で面倒を見てもらうか、もしくはいい施設にでも入って欲しかったが、母は長年父と暮らしていた家にこだわっていた。ずっと親孝行というものをしていなかった私に、親族も一緒に住む事を強く勧めた。私は逆らえなかった。母親の看病をしながら、仕事をする。それが私の新しい生活になった。


 私はその事自体は、母と一緒に住む事は嫌だったわけではない。母親の事が嫌いだったのではない。むしろ、私は母親が大好きだった。決して我が子を甘やかしたりはせず、しかし厳しすぎるという事もなく。そして父にとっても、「良き妻」であったという印象しかない。母親とはこうあるべきではないかという、ある意味私にとっての理想像のような母だった。そう……私は母親を、「大切にしたかった」のだ。


 だからこそ、それまで母親とは距離を置いた生活をしていたのだ。私のせいで、母親を「壊して」しまう。それだけは避けたかった。だが、そんな理由が母の親族達に通用するはずもない。一人っ子である私が、父の死後、病床にある母親の面倒を見ない理由になどならない。私は母親との生活を余儀なくされる事になった。


 頼むから、お願いだから母親だけは「壊れないでくれ」と祈りながら、私は日々の生活を送り始めた。そして、もしこれで母親の病気が回復し、母親が元気になるような事があったら。それは、私の人生における初の快挙ではないか。 それまでの、大切なものを壊し続けていた人生から、新しくやり直すチャンスかもしれない。そんな事も思い始めていた。そのかすかな希望にすがるように、私は母親の看病を続けた。


 母親も、私が一緒に暮らしている事を、それを決して嫌がっていない事を嬉しく感じてくれていた。私はその思いにも応えたいと思った。それまで以上に母親を大事にしようと思い始めたのだ。だが……。やはり、「その時」はやってきた。


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