壊れもの

さら・むいみ

第1話


 形あるもの、いつかは壊れる。


 そんなことは、言われなくてもわかっている。ただ、それを防ぐ術がないだけだ。私の人生は、まさにその事との戦いだったと言ってもいいかもしれない。


 もちろん、小さな子供の頃は大して気にも留めていなかった。いくらお気に入りだと言っても、子供のオモチャの扱いというのは、しかもそれが男の子だった場合には、案外ぞんざいなものだったりするものだ。好きなオモチャ同士を手加減なく、思いっきりぶつけあって戦わせたりして。そして壊れてしまった後に、それがもう元には戻らないことを知り、泣きじゃくったりするのだが。


 しかし私の場合には、そのごくありふれた幼少時代の頃から、ある特徴が顕著だった。それは、自分が大事に思っているものほど、すぐに壊れてしまうということだった。比較的そうでもないもの、あまりお気に入りでなかったおもちゃなどはなぜか長持ちしたのに、毎日遊んでいても飽きがこないようなもの、自分の中で「大切にしよう」と思っていたものほど、なぜかすぐに壊れてしまったのだった。


 その原因としては、お気に入りにしていたものは、遊んでいた頻度がそれだけ高かったからだという事が考えられるだろう。使う頻度が高ければ、それだけ壊れるのが早いのは当たり前ではないかと。しかし、壊れてしまうのはおもちゃだけに留まらなかった。お気に入りだったペンケース、中学生になって初めて買ったカバン、革靴、入学祝いにもらった万年筆……あらゆるものが、大切にしたいと思っていたものたちが。私の酷使に耐え切れなかったかのように、次々に壊れていったのだ。


 それは小中学校というまだ大人になる前の段階だった私にとって、少なからずショックな事でもあった。両親にも「もう少し物を大事にしなさい!」と当たり前のように叱られたし、大事にしてるんだけど、とても大事に思っているんだけど壊れてしまうんだという私の主張も、当然の如く受け入れられなかった。同級生たちとなんら変わらない使い方をしているはずなのに、カギが馬鹿になってしまったカバンや、つま先の部分がパッカリと口を開けてしまった靴を、私はどうしようもなくやるせない気持ちで見つめていた。


 大事に思うからこそ、それは壊れてしまうのか。そう考えたこともあった。幼い子供が、自分の好きな子の関心を引きたいがために、わざといじめてしまうような。それに似たものがあるんじゃないのか。大事にしたい気持ちと裏腹に、なぜかそれを壊してしまう衝動のようなものが、無意識のうちにあるのではないかと。そんな思いを抱き始めたのは、私が初めて本気で女性と付き合っていた時だった。そう、私が壊してしまったのは、「モノ」だけではなかったのだ。



 それは、私が大学に入ってからのこと。高校時代にも好きな女子はいたのだが、本気で付き合うまでには至らなかった。元々社交的とは言えない性格のせいもあったのだろうけども、それでも高校を出て親元を離れ、少しだけ大人になったような気がしていたのかもしれない。


 同じくアパートで一人暮らしをしていた彼女の部屋で、私はいつのまにか彼女と一緒に暮らすようになっていた。そこまで女性と、いや他人と深い付き合いをしたことがなかった私は、当然のように彼女との生活にのめり込んだ。その甘さに溺れた。そしていつしか、彼女のことを「大切にしたい」と思い始めていた。


 しかし、今になって考えてみると、それは果たして本当に彼女への愛だったのか、彼女自身を大事に思っていたのか。それとも、彼女との「生活」の方が大事だったのか。そうやって自分が人と接している時間そのものを大事にしたいと思っていたのか。今となっては、それはわからない。ただ、私が大切にしようと思っていたものは、やはりまた「壊れて」しまった。単に彼女と別れてしまったというだけではない。「彼女自身」が壊れてしまったのだ……。



 私が彼女の事を大事に思う、その気持ちがいつの間にか彼女の負担になっていたのであろうか。私自身としては、並外れて人より嫉妬深いような態度や行動をした覚えはなかったし、「ごく普通の付き合い方」をしていたつもりだったのだが。彼女はだんだん、「彼女」ではなくなっていった。


 吸わなかった煙草を吸うようになり、大学の講義もサボりがちになり、彼女のアパートであるのに、私一人を部屋に残し、帰らない夜があったり……。そして、二晩続けて戻ってこなかった次の朝、彼女が病院に運ばれたという知らせを聞いた。まるで夢遊病者のようにフラフラと車道に足を踏み入れた彼女は、急ブレーキをかけ接近してくる車を間近にし、逃げようともしなかったそうだ。


 決して自殺しようとしていたわけではなく、ただ意識が朦朧としていただけだということだが。私も出来ればそれを信じたかった。幸い、命に別状はなかったものの、何週間か入院することになった彼女に、私はとうとう会うことが出来なかった。彼女がそれを拒否したのだ。お見舞いに来ていた彼女の家族もそれを望んだ。また、壊してしまった。大切にしようとしていたものを。私の胸の中には、そんなやり切れない、苦い思いだけが残った。


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