第4話 ビストロオカンス

 その店「ビストロオカンス」の中は客で賑わっていた。ドレイクが入口の所で佇んだまま店内を見回し、空いている席を探していると、『ストロー・ハット』を被った店員が駆け寄ってきた。


「当店チーフマネージャーのソーラと申します。あの、お客様、お一人様でございますか」


「いや、二名だ」


「然様でございますか。あいにく、相席になりますが、よろしいですか?」


「座って食事ができるのなら、構わんが、この店はそんなに美味いのか」


「それはもう。間違いありませんよ。ご存じでしょう、この国一番の料理人『マダム・オカンサン』を。彼女が腕に縒りをかけて作っていますので」


「そうか。相当に腕の良い料理人なのだな。よかろう、席に案内してくれ。で、どんなメニューがあるのだ」


「お品書きを後ほど席までお持ちしますが、当店のおすすめは『遭難』セットですね」


「随分と不吉な料理名だな。美味いのか」


「勿論でございます。当店一番人気。遭難は山でするとは限りませんからねえ」


「まあ、確かにな。では、他にはないのか」


「いえいえ、他にも『足跡を遺さない』セットとか、『強い味方』セットとか」


「ほう。もしかして、ここは間者が集う店なのか?」


「カンジャ? ああ、スパイとか回し者の事ですね。いえいえ、まさか。まあ、私は隣の店の者で、週に一度、この店の手伝いとしてマネージャーをやらせてもらっているので、間者といえば間者ですね。ヒヒヒヒ」


「そうか。君の店では何を出している」


「ウチは小さなバーですから、カクテルしか出せませんよ」


「ほう。異国の酒だな。何がある」


「そうですね、『ペーパーレス』とか『セルフレジ』とかですね。ああ、今は『カレンダー・ガール』というカクテルが人気ですね。女の子同伴なら『ハートにサングラス』。これを出して洒落た音楽でもかけたら……」


「もう分かった。時間があったら寄ってみよう。それより、この店は何か甘い物は出ないのか。旅の疲れを吹き飛ばしてくれるような」


「デザートでございますね。ありますよ。季節限定の『バスクチーズケーキを焼く女』、今ならこれですね」


「よし、では、それを食後に貰おう。とりあえずは、すぐに出せるものを頼む。料理は任せるから二人前で」


「承知しました。お席にご案内いたします」


 笑顔で返事をした店員ソーラは、背を向けると、首を傾げながらドレイクを席に案内した。


 席に着くと、そのテーブルの隣の席で青年が独りで酒を飲んでいた。ドレイクは彼に軽く会釈をすると、腰から外した剣を彼との間に立てかけた。視界に入った剣の柄を半開きの目で見つめながら、青年が話しかけてきた。


「お? いい剣れすね。でも、この作りはアウドムラ産じゃないですね。この握りの作り方は……アルラウネ産かなあ。工芸品は向こうの方が進んでますかられ。あ、それ、密輸した品れすか?」


「いいや。正規品だ。先祖から引き継いだ名刀だよ。スミハルコンという特殊な鋼で作られている」


「お、スミハルコン。知っれますよ。伝説の金属れしょ。ということは、あの有名な刀鍛冶スミハリンさんの作品ら。すっごいなあ……」


「勝手に触るな」


「すみまれん。へえ、スミハルコンで作られた長剣かあ。れも、アウドムラ王国にはオスミオンという合金がありらるあられ」


「は?」


「有りますかられ……ね」


「ああ、オスミオンか。聞いたことはある。なんでも特殊な錬金術で作られるらしいな」


「そうなんれすよ。切れ味と軽さは天下一れす。ほとんど短刀れすけど、それはもう切れるのなんの……」


「君、剣に詳しいのか」


「まあ、少しらけれすね。少しらけ。王都のね、大学の方に通っれいるんれすよ。そこれ勉強しましら……」


「武器が専門なのか」


「いえいえ。僕は、そーいうのは、嫌いれす。人を傷つけたりするのは、いけないこと。人間は優しいのが一番! ウイっ……」


「そうだな。では、大学で何を学んでいる」


「文学れす……。分かります? ぶ・ん・が・く。小説をね、書いれいるんれすよ」


「しょうせつ?」


「あれ、知らないのれすか? っ駄目らなあ。物語れすよ、文章で書かれた創作物語。あなた剣士さんれしょ、小説知らなくて、ろーするの!」


「その小説というものと剣が何の関係があるのだ」


「剣は金属でできているれしょ。ということは、錬金術とか、鋳造技術や整形術とか、いろいろな知識が必要になるらないれすか。いいれすか、知識を得るためには、古今東西の文献を読まなければならないし、古文書も読まないといけない。ということは、文章を読み書きする力が必要になるれしょ」


「うむ。それは分かるが、それでどうして、その小説というものと繋がるのだ」


「分かんないかなあ。本を読んれいるとれ、自分れも書きたくなるものなのれすよ。だーかーら、有名な鍛冶職人は、みーんな小説を書いれいるれしょうが。読んだことないの、スミハリン先生の作品」


「いや、無い」


「あっちゃー、駄目れすねえ。アウドムラ国内でも売ってるじゃないれすかあ! 『スミハリ』ってペンネームなら知ってるれしょ」


「すまぬ。知らん」


「ああ、もう。スミハリ先生の『ヒナゲシのさまよい』知らないのれすか。じゃあ、『コードネーム・ヘレティクス』は?」


「い、いや、読んだことはない」


「オーマイガッドれすね。もう、カラオケで喉を潰すまで独りで歌いたい気分れす。あ、分かっら、国内産の作品しか読まないんれしょう。剣は外国産を使っているけろ、実はアウドムラ王国が大好き。ムフフ。じゃあ、この方の作品なら読んでますよね。あ、ねって言えた。ま、いいや。とにかく、アウドムラで超合金オスミオンを扱わせたら右に出る者はいないと言われる、名刀鍛冶で名作家オスミオ先生。この方の作品なら、読んれますよね」


「い、いやあ……」


「はい? 剣士なのにオスミオ先生の『吠えよ剣』を読んれないの?」


「……」


「じゃあ、『月見札の男』は? 『戻ってきた男』は?」


「だから、読んでないのだ。すまない」


「なんれ? 男なのに? ――分かっら。さてはお兄さん、そんな長髪で美形だから、本当は女なんれしょ。だから『異常気象の男』とかも読んれない。かあー、駄目れすね。オスミオ先生の作品は、どれも男女兼用の作品ばかりれすかられ……ですからね……よし、ねって言えた。とにかく、男女問わず、セックスレスなんれすよ」


「ユニセックスではないか?」


「そう、それれす。とにかく、男も女も楽しめる秀作なんれす。そう言いたかった」


「そうか。文学というものだな」


「そうれす!」


「で、君も、その文学を学んで、小説を書いているのだろう。何という作品なのだ」


「ええとれすね……たしか元カノ、鬼に……スヤァ」


「おい、君。寝るな」


「はい。私の作品は『元カノ、鬼になる』です。只今、コンクールで絶賛読まれまくりれす!」


「そ、そうなのか。他には……」


「はい! 『おたまじゃくし、宙を泳ぐ』と『不眠症の先輩を眠らせる方法5選』です!」


「なぜ敬礼するのだ。酔ってるのか? ああ、酔ってるんだったな」


「他にも『トンネルを掘ろう!』とか有ります」


「おお、そうか。大工事だな」


「『トイレの御爺さん』とかも」


「怖そうだな」


「怖くないです。それから、『私、夫に殺されました』とか」


「縁起でもないな」


「いや、優しい作品です。それから、『焼き鳥、一つ』」


「注文か?」


「いえ、作品の題名です。ちゃんとした」


「ほう、面白そうだな」


「それから、『繰り返し五分』とか」


「なんか大変そうだな」


「一話完結ですから楽に読めますよ。それと、『せめて灰になるまで』」


「やっぱり焼き鳥の話じゃないのか。焼き過ぎだろう」


「違います。僕の作品の話れす。あとは、ええと、ええと……スヤぁ」


「寝るのか……。君の名前を聞いていないのだが……」


「ミカドロス・ヨイドレンれすう。ペンネームは『御角』という……グ~」


「寝てしまったか」


「何ですか、その男、酔いつぶれたんですか?」


 やってきたヨードが向かいの席の椅子を引きながらドレイクに言った。

 ドレイクは頷いてから、隣の席で机の上に突っ伏しているミカドロスに、彼が座っている椅子の背当てに掛けてあった上着を肩に掛けてやった。


 若い作家の寝顔を見つめながらドレイクは言う。


「小説を書く仕事とは、よほど心を苦しめるものなのだろう。今夜は特別な夜だという。こうして飲むのも、悪い事ではなかろう」


「まったく、戦争中だっていうのに、この国の連中は。あれ、ドレイク様、焼き鳥を注文したんですか。鳥アレルギーなのに珍しい」


 机の上に運ばれてきた焼き鳥を見ながらドレイクは言った。


「いや、頼んではいないが……」


「じゃあ、返してきましょうか」


「いや、よい。そなたが食べよ。『臨機は応変に』という物語もあるというではないか。それに、これも神の思し召しだろう。特別な夜だから、よしとしよう」

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