第3話 グレンデル討伐

 バスケットを軽く押して彼女に戻したドレイクにヨードが顔を向ける。


「はあ? ドレイク様、それはないでしょ」


「いや、いいんだ。薬草は帰りにでも探せばいい。それより、王都まで迷わずに辿り着く事の方が、今の我々には重要だ」


 ヨードは下唇を出してふて腐れる。


 女が首の巾着に手を掛けると、ドレイクは言った。


「いや、そのお金は先ほど買い取った草の代金ですから、返さなくても結構です。さあ、我々を町まで案内してください」


 女は目をパチクリとさせている。何度も強く瞬きしていた。


 ドレイクは優しく微笑んで言った。


「心配いりませんよ。受け取ってください」


「でも……」


 その時、犬が吠える声がした。向こうからさっきの犬が足音を鳴らしながら走ってくる。口に何か大きな布地を咥えていた。目を細めながら、ヨードが言う。


「ひろしか。あいつ、何咥えてんだ。女物の下着のようだが……」


 振り返った女が言った。


「あの沼には、雌のグレンデルが住み着いていると聞いたことがあります。もしかしたら、その衣では!」


 グレンデルは沼に住み着く魔獣である。雄雌両方の種がいて、時に人を襲うという。


 女の前に出たドレイクが剣を抜きながら彼女に言った。


「まだ、お名前を聞いていませんでしたね」


「グレンデルの名前ですか。えっと、知りません」


「いや、あなたの名前です。魔物の名前を訊いても仕方ないでしょ」


「み、ミカエラです。ミカエラ・マクニ」


 ドレイクは剣を構えて静かに言う。


「マクニ婦人、さがっていて下さい。少し時間がかかりそうだ」


 マクニ婦人は後退した。そしてコケる。ヨードに起こされて、その場から離れた。


 斜面の下から地響きにも似た足音が響いてきた。それから逃げるように、両耳を後ろに倒した犬が大きな下着を引きずりながら斜面を駆け上がってくる。ひろしだ。その後ろから、毛むくじゃらの巨獣が唸り声を響かせながら走ってくる。その巨獣は片腕で胸を隠して走ってきていた。


 デュラハン・アルコン・ドレイクは風に白髪をなびかせながら、舞うように剣を振り上げた。




 ◇◇◇◇◇(⇐これでいいのだろうか……)




 陽が沈み切った頃、デュラハン・アルコン・ドレイクの一行は町へと辿り着いた。アウドムラの王都を囲む高い城壁の外にある、小さな宿場町だ。店の灯りに照らされた細い通りを異国の商人や流れ者の芸人、傭兵崩れの荒くれ者などが行き交っている。


 フードの中から疲れた顔でヨードが言った。


「ドレイク様、何か食い物にありつける店に行きましょうよ。空腹で死にそうだ」


 ブルーのマントに身を包んだドレイクは長い白髪の中で片笑んだ。


「おまえは逃げ回っていただけじゃないか」


「し、失礼な。ドレイク様があのグレンデルと戦っている間、俺はこのご婦人をエスコートしていたんですよ。怪我させちゃ、ドレイク様の名誉に傷がつくでしょ」


 クスリと笑ってから小走りで前に出たマクニ婦人は、通りの先を指差しながら言った。


「その先においしい料理屋さんがあります。『ビストロオカンス』ってお店です。日替わりメニューしかない、お昼ご飯限定のお店なんですけど、今日は王都から視察隊が回ってくる日ですから、夜まで開いているはずです。美味しいんですよ。では、私はここまでということで。失礼します」


 一礼したマクニ婦人は、踵を返すと通りの奥へと去っていった。途中で石段に躓いて転ぶ。立ち上がってスカートの汚れを叩いた彼女は、そのまま数歩進んで溝に落ちた。


 ドレイクが駆けつけようと前に出ると、背後で女性の悲鳴が響いた。


「キャー! ちょっと、なによ、この犬、なんでスカートの中に入ってくるの!」


 強く溜め息を吐いたヨードが項垂れて言う。


「ひろしか……。あの馬鹿犬!」


 ドレイクが再び前を向くと、マクニ婦人は既に居なかった。彼女が履いていた靴が片方だけ落ちていたが、彼はそれを無視した。


 ヨードがしかめ面で言う。


「ドレイク様、先にその『ビストロオカンス』とかいう店に行っていてください。あっしはひろしを町の門の外に放り出してきますから」


 ヨードは悲鳴が響く衆人の方へと歩いていった。







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