第2話 40デュクシ

 髭の男が酒臭い息を吐きながら言う。


「心配しなさんな。このドレイク様はアルラウネの誇り高き剣士様だ。いくら戦争中の隣国の民だからって、通りすがりの女に手を出すような下世話な事は……」


 手を軽く上げて男の発言を遮ったドレイクは、彼女の目を見て言った。


「驚かせて申し訳ない。我々は戦いに来たのではありません。このアウドムラ王国との戦争を終わらせるために、我が君主アルラウネ公に特使として遣わされて、この地にやって来ました」


 女は目を輝かせた。


「戦争が終わるのですか?」


 ドレイクは静かに頷いた。


「そうです。そうしなければなりません」


「では、もう、こんな所まで薬草を取りに来る事も必要なくなるのですね」


「薬草を?」


 頷いた彼女は、身を屈めると、足下に生えていた輝く草を摘んだ。それを見たヨッドが髭を触りながら言った。


「ほう、プロメテイオンじゃねえか。アウドムラには豊富に自生していると聞いてはいたが、まさか本当に生えているとはなあ」


「プロメテイオン?」


「伝説の薬草ですよ。ウチの国では。何でも、どんな傷や病気でも治せるのだとか。私も本物は初めて見ました」


「どんな傷や病気でも治せるのか。我がアルラウネの特産品であるマンドゴラでさえ、そこまでの効能はない。それは驚きだ」


「いやいや、マンドゴラは魔法傷や魔法病に効くんですよ。こちらは、剣や槍による傷や世に広がっている疫病に効くんです。そうだよな、おネエちゃん」


 女は大事そうにプロメテイオンをバスケットの中に仕舞いながら答えた。


「はい。戦争で多くの人々が怪我や流行り病に苦しんでいます。私の夫も前線で負傷し、今は自宅で療養しています。だから、これを探しにきました」


 切れ長の眉を寄せたドレイクは、憐憫の表情を女に向けた。


「お気の毒に。では、そのプロメテイオンは何としてもご自宅まで持ち帰らなければ。よろしければ、我々がお送りしましょう。もうすぐ日も落ちる。夜になると、この辺りは危険だ」


 女は少し考えたが、申し訳なさそうな顔で首を横に振った。


「ごめんなさい。敵国の方と一緒に歩いていては、町に戻ってから人々に何と言われるか……」


 それを聞いたヨードがさっと彼女に背を向ける。


「ドレイク様、行きましょう。こんな女に構うことないですよ。それより、あのプロメテイオンを買い取ってあげたら、どうです? 我々もサンプルが必要ですし、いい手土産にもなりやすでしょ」


「馬鹿を言うんじゃない、ヨード。この御婦人がどんな思いでこの薬草を取りに来たのか分からないのか。見てみなさい、彼女の服を。美しい服が泥と草だらけだ。きっと、必死になってこの草を探していたに違いない。その、せっかく見つけた薬草をお金で買い取ろうなどと、騎士道に反する……」


「売ります。五十デュクシで」


 振り返ったヨードが顔をしかめる。


「五十デュクシだあ? そりゃ、ぼったくり過ぎだろ。三十デュクシなら買うぜ」


「四十五デュクシで」


「三十五だ」


「四十」


「ち。仕方ねえなあ。俺の負けだ。ほらよ、四十デュクシ」


 ヨードは渋々顔で袖の中から金貨を取り出すと、それを数えながら彼女の掌の上に置いていった。


 ドレイクが言う。


「本当によろしいのですか? せっかく見つけたのに」


 女は首から下げた巾着袋にコインを入れながら答えた。


「はい。このお金で町のドラックストア・ヤマモトアツシに行ってビタミンC配合のプロメテイオンA坐剤を買います。あと、精神栄養剤『12月のラピスラズリ』も。そっちの方が夫には効果がありますから」


 彼女はバスケットをドレイクの前に差し出した。中の薬草の光を隙間から漏らしているバスケットを見ながら、ヨードが言う。


「ほーう。この国では調剤技術も発達しているのか。でも、この草を丸ごと煎じて薬にしたほうが、効き目は強いだろうし、即効性もあるだろうがよ」


 ヨードがそう言うと、ドレイクが彼女に尋ねた。


「その町は王都近くの町ですか?」


「はい。すぐ隣の町です」


「では、我々を街まで案内してください。ご迷惑はかけませんから。その代わり、報酬として、たった今私が買い取ったその薬草を差し上げます」


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