第一話
片耳だけつけたワイヤレスイヤホンから流れるのは、流行でもなければ最新でもない唯々自分が好きな洋楽。
意味は2,3度和訳の歌詞を見たぐらいだが概ねどんな歌詞なのかを知った程度。
すごい寂しい曲だったが、同時翻訳できる頭がないからかやたらスピード感の有る曲調でつい出かける前などに聞いてしまう。
スマホを軽くワンタップしてみればいい感じ時間。
「っし、いくか」
洗面台の鏡で髪型を確認して、雑にワックスを付けて整える。
整えるといっても、少し前髪をかき上げてふあっと焦るぐらい。
「ほな!」
「いってこい!」
「いってらっしゃい!」
雑に声を掛けて飛び出せば後ろから聞こえてくる威勢のいい声。
「いってきます!」
無意識にそんな声にもう一度今度はちゃんとした声であいさつを返していた。
―――――――
―――――
―――
少し優雅なルートを使って向かう先は、学校。
そしてそんな何種類もあるルートで今回選ばれたのが少し優雅なルート。
その実はちょっとした買い物や、店に入るというルートなのだがこのルートが示すことは一つ。
学校に行こうとして出てから、やや時間のかかった末の昇降口を見て宗弥はちょっとだけ足取りが軽くなった。
人の気配のない大量の下駄箱のあるまさに学校という感じの玄関に仁王立ちする一人の人物。
その人物はだらだらと歩いてくる宗弥を見るなり目つきを鋭くした。
「成瀬! 今何時だと思ってるんだ!」
「13時っすね」
「おまえなぁ....」
「まぁまぁ、藤岡ちゃん。 そんな無理して怒んないでよ」
「無理なんてしてないわ!」
「まぁまぁ、はい、ストバお土産」
手元の紙袋から取り出して見せれば、むっとした表情が一転。
「は?.........あ、新作?」
「そうそう『クレージーマカロン鬼ホイップフラペチーノ』
コーヒー屋としてのプライドはどこに行ったのか、透明なカップに見えるのはところカラフルなマカロンと真っ白なホイップに、カップの半分ばかりの薄茶色のフラペチーノ。
「いや、でも生徒からもらえないし」
世間体を考えればさも当然の反応。
だがそんなことはわかっている。
ストローをすっと差し込んで、その先を薄桃色の唇に軽く当ててやる。
「はいはい、チュっと!」
「ちょ!?」
「俺はいいけど、藤岡ちゃんとの間接キスは男子の夢だからさ」
「ほんとお前は.......ほら一度別室行くぞ」
「はいはい」
気が抜けたのか、藤岡ちゃんこと『藤岡日奈』は傍らに抱えていたバインダーを宗弥に預け歩き出す。
「ねぇ、紙ストローやだんだけど」
「俺のせいじゃなくない?」
「まぁそうだけど。 おいしい」
「ありがとね」
「それはよかった」
昼休みだったからかまとめていた髪をほどいて歩いている姿はまさに年上の女性という感じ。
流石は男子人気No1, 女子人気No10の藤岡ちゃん。
やはり美人でかわいく男子人気がある分女子人気は落ち込んだか。
そんなくだらなことを考えながら宗弥は手元のバインダーを遊ばせていた。
―――――――
―――――
――――
「で? なんで今日は遅刻したの?」
「ああやっぱりそれ?」
「そりゃそうでしょ」
別室に移り席につけば、目の前に出されたのはさっき自分で運んできたバインダー。
そこには遅刻者と遅刻理由を書くところがあった。
「まぁストバあるのは一か所しかないから、バイトから来たんでしょ?」
「よくご存じで」
「はいはい。 寝坊とか歯医者って書いといてね」
あきれた、というよりかは慣れてる感じに日奈はそう告げストバに口をつける。
「いつから家帰ってないの?」
「帰ってるよぉ」
「......実家の方」
「.......知らね」
宗弥は目の前でじっとした目で見てくる日奈に罰が悪そうに返す。
そう、この男は実家、本来多くの未成年が帰るべきところに帰ってはいないのだ。
というのも寮制度があるものの生徒の99%が地元でだれも使うものがおらず適当なアパートの一室だけの寮制度を使っているのが、成瀬宗弥という生徒なのだ。
学校の制度を使っている以上、生活態度などは相応のものを求められるが、今のような生活態度でも許されているのは、ひとえに事情をしっている学校側と日奈の支えがあるからなのを宗弥も知っているため、日奈には強く宗弥も言わない。
「バイト今何個してるの?」
「あそこだけだよ」
「ふーん。 じゃあ今度西町のバー行こうかな?」
「........2個だよ」
「あとそのバーから少しいった路地裏の服屋とか}
「3個です3個。 あとあの辺変なの多いからナンパされるよ」
「じゃあ喫茶店の方にするね」
「.......はいはい」
目の前でしてやったりという顔の日奈に何も言えなくなってしまう。
「でもあんまり無理しなくていいんじゃないの?」
「学費とかの話がどうしてるかはわからないけどそこまで働かなくても」
「........はやく自由になりたいんだよ。 あの家から遠くに行きたい」
「成瀬が学校1自由だけどね」
「.........ありがと」
多分ここで同情されたらまた学校から遠のいていたと思うが、藤岡ちゃんはそんなに優しくはない。
1年のころは本当にうざったいというか迷惑をかけたというかだったが2年になってそのやさしさと厳しさに、やっぱり大人なのだということをわからせられた。
「で、次の授業は出るの?」
「もち」
「はいはい、じゃあちゃんと遅れないようにね。 私の社会科なんだから」
「かしこまりました。」
次は抹茶フラペチーノね
そういって出ていく姿がかっこよく見えた。
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