第51話 するりと言葉が落ちたんです

 先生が言うなり、トルディ様は手のひらサイズの大きさから、人型のそれへと姿を変えました。


『俺っちこういう芸当もできるからな!』


 黒い髪に緑の目、浅黒い肌の成人男性くらいの姿になったトルディ様は、何だか自慢げです。


 そこでやっと、陛下が口を開きました。


「ムートルディ殿、一つ聞きたいのだが、先ほどの地下室を血で染めてはならぬという口伝は間違いだというのは、真だろうか?」

『ん? ああ、事実と違う。俺はこの土地で戦争をするなとは言ったが封印はされていないぞ? ハンスヴァンとたまに旅行してたくらいだからな。大方、どっかの時代の皇が自分に都合がいーように話変えちまったんだろ』


 腹立たしいことにな、とトルディ様は吐き捨てるように言いました。


「……では、公爵家が代々封印を担っているというのも……」


 思わずというようにレイドリークス様が呟きました。


『ああ、おー嘘だろ!』


 彼の顔がパッと輝きます。

 ズンズンと音がするくらいに勢いよく私の方へとも歩いて来ました。


「ルル!」


 そして腰を抱き上げるとくるくると回って、私も聞いていたというのに報告してきます。


「これで跡取りの話は無くなったよ! 君と結婚できる!!」


 待ってください、皆さんの前です。

 というか離してください、気恥ずかしいです!

 思いが通じたのか、やり切ったのか、レイドリークス様は私とくるくるするのはやめ、下ろしてくれました。

 けど、変です。

 私の手だけは片手で恭しく持ったまま、片膝を突きました。




「これで準備は整った。ルル……俺とどうか、結婚してほしい」




 言うなりレイドリークス様は、私の手の甲にそっとキスを下ろしました。


 ピュィィイッ、とトルディ様あたりから口を鳴らす音も聞こえます。


 私は皆の前でとか、先ほど事件があったばかりなのにとか、思考がぐるぐるしながら、この場にいるお父様へ視線をやりました。

 お父様は……何だか嬉し涙を堪えながら口が許さんの形に歪んでいるようです。

 どうしましょう。


 こんな時なのに、どうしましょう。




 気持ちは打ち震えています。




「……は、い」


 思わず、抑えていた気持ちの中から言葉がするりと出てしまいました。

 両手で口を抑えましたがもう遅く。

 彼は、びっくりした後周りを見渡し、シュッと立ち上がると私を抱き締めます。

 複雑な気持ちから、今は手をその背中に回すことはできませんでした。




 どれくらい経ったでしょうか。




「……あー……レイドリークス、そろそろやめなさい」


 威厳のある国皇陛下の声がその場に通りました。


「なぜですか、もう少」

「もう夜も遅い、そこな彼女も疲れているであろう。結果はちゃんとお前達にも伝える。事後処理は大人に任せておきなさい」

「……わかりました」


 彼はそういうと、そっと私を離してくれました。

 ……少し悔しそうに見えるのは、きっと気のせいです。

 ドギマギしていると、お父様がこちらへ来るのが見えます。


「ルルーシア、恐らく後日陛下から説明がなされるだろうと思う、馬車を用意するから今日はもう帰って寝なさい。良いね?」

「はい、お父様」


 正直、何だかとても疲れていたのでお父様に言われた通りに、その日は家に帰って寝ることにしました。




 帰宅後、日記の続きは何だったんだろうと思い、読みかけだった所から最後まで目を通してみます。


 『私は訳がわからなかった。何故、赤茶なの、おばあちゃんは、あなたの何? 尋ねるとその人は言った。「私はかつて大魔法使いと呼ばれた者。リリアは私の最愛にして、聖女。寿命が違うのが苦しくなって彼女を手放した愚か者だ、だから私は世にはもう出ない。彼女も表に出るのをとうにやめていたと聞く。けれどせめて、我が子、我が孫たちの行く末くらいは、良きものにしたい。ま、つまりはただの好々爺なのさ」私はこの人の最後の願いを、この家に残すことに決めたけど、これで良かったのかと今でも思う。』


「この記述の人が、ウィッシュバーグ先生、だったんですね……」


 私は考えを巡らせました。

 ウィッシュバーグ先生の苗字、言われてみれば首都リッシュバージュととても似通った名前です。

 パズルの欠片がパチリパチリとはまる音が聞こえてくるよう。


 けど、何だかすごく体力を使った感じがして、本当に眠いです。

 私は一つあくびをすると最低限の寝る準備を済ませ、ベッドの中に入って目を閉じたのでした。

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