第49話 守るんです

 私は、その言い方や雰囲気に得も言われぬものを感じて思わず呟きます。


「ロー、ゼリア、さま?」


 グギャガガアアアアアアッ!!


 空では、竜が雄叫びを上げています、なんだか怒っているようにも聞こえました。

 彼女は空を一旦見上げた後、呟いた私の方へと視線をやります。

 その瞳はまるで、劫火のようでした。


「ずっとずっと嫌いだった、いつだってレイドリークス様の瞳に映っているのはあなた。昔からあなたしかいなかった。こんなにもわたしが想っても、助けて欲しくても誰も何も気付かない。ねぇレイドリークス様。わたしと一緒にいてくれるならば、この女も生かしましょう……どうされます?」


 ローゼリア様が無邪気に笑います。

 何かが彼女をここまで堕とした、その事実に腹立たしさと物悲しさを感じました。


「俺はもう逃げないと決めたんだ! 悪いがその提案はのめない。ルルの命も諦めない」

「……そう。ならば皆で消えましょう? もう何も心配しなくて良い場所に行きたい。――願いを叶えなさい邪竜よ!!!!」




 その切実な願いに、けれど邪竜はただ上空を咆哮を上げながら飛ぶばかりで。

 狼狽えた後、事態を察し、ローゼリア様は乾いた笑いを浮かべます。


「ふふ、そう、この世界はわたしを裏切るの。もういいわ、わたしの手で、終わらしてやるっ!!」

「させません!!!!」


 私は咄嗟に前へと躍り出ると、ローゼリア様の放った広範囲に渡る炎の渦に水流をぶつけます。


「ルルーシア!!」


 お父様の声が聞こえましたが、構ってられません。

 言祝ぎそっちのけで無我夢中にローゼリア様の放つ魔法に対応します。


「しつこいっ!!」

「命かかってますからしつこくもなります!!」

「報われない思いなど、不必要なだけ! わたしは必要とされたい、必要としたい!! それの一体何が悪いの!!」

「悪くない! 求めることは悪くない!! っだけど、報われなくたってその思いから生まれる言葉がある! 行動がある! そこには変化があるんです!! その努力自体を、報われなかったからって笑ったりおとしめたり無くしたりする権利は、誰にもないってわからせてやりますよ私は!!」


 彼女が手当たり次第に燃やしたり爆発させたりするのを魔法で打ち消し続けました。


「何よ何よ何よ、何でも持ってるからって偉そうに!」

「持ってるかもしれません、家族は優しいです、友達もできました、愛する人だって応えてくれた! けど私にだって、暗黒微笑してた黒歴史くらいあるってんですよ!! 今違うからって、この前までの私を否定なんてさせません!! これは私が足掻いて手に入れた、やっとの未来なんですからね!!」

「わ、わたしだって、いろいろ頑張ったもの! 言葉遣いが悪いって言われたら直して、皇子の婚約者の座を取ってこいって言われたら取ったわ!! けどそれがなんだって言うのよっ!! もううるさいうるさいうるさいっ!!」


 ローゼリア様が全力でもって応戦してきました。

 拙い、私の魔法力では太刀打ちできません、けど――


 守る。絶対に。


 そう思った瞬間体の内側からまるで滴るように何かの力の本流が、うねりながら駆け上がってきました。




 ドン!!




 それは周りを巻き込み白く輝く光の柱となって上へ上へと昇っていきます。

 やがて竜まで到達すると、弾けて光の粒となり沢山、そして遠くへと散らばっていきました。


「な、なに……??」


 誰ともなく、その不思議な現象に声が漏れました。

 上空を見ると立ち込めていた暗雲は消え、竜の姿も見当たらなくなっています。


 と、目の前に何やらちびちゃい、カシュー達と話したことのあるような手のひらサイズの生き物がいました。

 外見は、黒い鱗に覆われた体、緑の瞳に鼻先にある髭、尻尾があって臙脂色の蝙蝠のような羽根のある絵本に出てくるような竜に、似ています。




『あーよく寝た。てか誰だよ起こしたの、しかも寝覚めのわりーやり方ってゆーか? これだけはしてくれるなって、俺、言ってたよな??!!』

「??!!」


 ローゼリア様の攻撃も、止まっていました。

 事態がよく、飲み込めないようです。

 ふと見るとその場にいる人の中に何故か、ウィッシュバーグ先生もやってきていました。

 宰相は、腰を抜かしています。


「とりあえず。誰か、宰相を牢へ」

「御意」


 事態が一旦落ち着いたのを見計らって、すかさず陛下が動きました。

 茫然自失の宰相は、大人しく騎士達に引っ立てられていきます。

 床に横たわっていた第三皇子も、騎士が数名やってきて厳かに運ばれていきました。


「わ、わわわ、わたし、失敗した、の? しっぱい、しちゃった、どうしよう……」


 ローゼリア様がブツブツと呟きながら膝からくずおれかけます。

 それを慌てて受け止めると、私は彼女に語りかけました。

 届くかはわかりません、陳腐かもしれません、けれど。


「ローゼリア様、助けてって、言って良いんです。勿論言った先の全員が助けられるはずがないです、力を持つ人はごく一部ですから。けど私これでも家族には恵まれてるんです、みんなで力を出し合えば、あなた一人の手助けは、きっとできますよ」

「……あ、あああああーーっ。うあああああああっ」


 ローゼリア様は泣きじゃくります。

 私は、背中をぽんぽん、と優しくあやしました。

 何が彼女を変質させてしまったのかはわかりません、けれど、その背中はあまりに弱々しく、とてもか細い。

 少し落ち着いた頃合いで、彼女もまた騎士の方に連れて行かれました。

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