第48話 馬で駆けるんです

 私は帰宅後、今度は日記を読み進めていくことにし実行に移していました。

 かなり読み進めていった先で、やっとそれらしい記述に行き当たります。


「あの人はおばあちゃんの最期にやってきて、こういった、『わしがずっと守護するわけにはいかん、人は人の営みを。だが子にはリリアの力が受け継がれるだろう。赤茶の瞳はその証だ。この土地は元は不毛……困る時あれば、その時は赤茶の瞳を頼りなさい』……あの人?」




 ッドオオオオオオオォン!!!!




「っきゃっ!!」


「ルルーシア!!」

「お父様! 何が」


 音がしてすぐに部屋へと入ってきたお父様は、慌てた様子で私に告げます。


「城で何かあった。私は行くから、くれぐれも部屋から出ぬように、いいね?」


 そして言うなりまた部屋から飛び出していきました。


 慌てて部屋の窓から城のある方角を見ると、遠くでもくっきりとわかるほど、空に向けて眩い一本の柱が出現しています。


 あれが、音の正体?!


 いてもたってもいられなくなって、私は着る物もとりあえず馬小屋へと行くと鞍などを用意し馬にまたがりました。

 馬も先ほどの音に驚いてうまくいうことを聞いてくれませんが、なんとか宥めると、腹を両足で圧迫して駆け始めます。


「お嬢様??!!」


 使用人の誰かの声がしましたが構う余裕はありませんでした。


 どうか、間に合ってください。


 祈るように馬の駆けるスピードを上げました。







 城下に入ると、チラホラと人が何事かと家の外へと出ています。

 爆発し吹っ飛んだ城がそこにあるのですから無理もありません、皆一様に不安そうな顔をし、老夫婦は二人で抱き合い、若者は祈りを捧げ、小さな子供はとても不思議そうな顔をして空を見上げていました。


 私が駆けて来る間に、空には暗雲垂れ込め、光の柱は徐々に薄く消えかけ、その代わりのようにその暗雲がとぐろを巻いて上空を覆っています。

 そこに、何かの影が、あるようでした。




 ――まさか、邪竜?!




 嫌な予感が私の心を覆っていきます。


 レイドリークス様、どうか無事でいてください。


 そう思うしかできない、今の自分が歯痒くて。

 けれどできることがある、そのことに感謝もしていました。

 我が家の家業がなければ馬を操ることなど到底不可能だったでしょうし、今から行く城も次期当主だからこそ内部構造は最近教えてもらっていました。

 守る対象のいる場所を知らなければ、仮想敵に先手を打たれてしまいます。

 そのための知識がきっと、これから行く場所で役に立つ。

 そう思うと私がこれまでしてきた事も、きちんと使い所があるのだ、と実感します。


 つらつらとそんなことを思いながら、私は不安そうな人達の間を馬で駆けていくのでした。




 たどり着いたそこは、阿鼻叫喚でした。


 城の外では中から逃げてきた人でごった返し、人が城門から溢れ出てきていました。

 近づいてわかったのですが、やはり上空には竜らしき影があります。

 そんなところにいちゃおれないとばかりに、城で雇われている人でしょう、侍女らしき方や料理人、色々な人が逃げ出ていきました。

 その中を私は逆行していきます。


 途中衛兵の方に呼び止められた気もしましたが、返事をせず走って中へと入り込みました。

 お仕事ちゃんとしていましたって、伝えたいと思いますので見逃してくださいね!


 見咎められても面倒なので、そこからは秘密の抜け道を使って目的地へと進みます。


 そうして目的地にと思われる場所に着いた瞬間、


「ローゼリアよくやった!!」


 年を召した方の、けれどよく通る声が辺りに響いたのが聞こえました。


 私はその声に便乗してするりと、その場所――城の地下深く、石造りの大広間のその端――に落ち着きます。

 辺りを見回すと、消えかかった光の中心には床に紋様が書いてあり、そこには血ぬれの第三皇子が倒れていました。

 あの出血量からして、多分もう事切れているでしょう。

 心の中で安らかに眠れますようにと祈ると、さらに周りを見渡します。

 その場には、第三皇子の傍らにいるローゼリア様、先ほど声を出していた老齢の男性、レイドリークス様、多分国皇陛下、お父様と陛下達を守る騎士の方々がいました。

 ローゼリア様を中心に、遠巻きに皆近寄るのを躊躇っているようです。

 そんな中で、老齢の男性だけがローゼリア様に気安く話しかけ、また距離を詰めているようでした。


「これで、我が悲願が達成できよう!! 君の願いはなんだったかね」

「ふふふ。宰相様、わたしの願いはいつだってただひとつ……愛する方と添い遂げる事ですわ」


「お前達はなんの話をしている?! この状況がわかっているのか!! 宰相!!」


 大穴の空いた天井から見える上空を見やりながら、国皇陛下が叫びます、老齢の男性は宰相だったようです。


「わかっていますとも陛下。私はずっとずっと私こそがこの国を治めるにふさわしいと思っていたのです。本当はもっと穏便に、竜と第三皇子を使って成し遂げたかったのですが、贄がなければ封印は解かれない。皇子はローゼリアが尊い犠牲としてくれました。ご冥福をお祈りしますよ」

「勝手なことを。皇族を殺めた上国家転覆及びに邪竜復活に加担するなぞ、上に立つものの器でないことがわからぬか!!」


「老害はちょっと黙っててもらえます?」


 ローゼリア様の言葉と共に、灼熱のような炎が二人の元へと向かいました。

 宰相も陛下も気付き黙ってそれを避けます。


「何をするローゼリア!!」

「うるさいって言ってるのよ。あなたはこの小娘に良いように使われた無能。竜はわたしに応えるわ、だって封印を解いたのはわたしなんですもの! この力を使って、レイドリークス様と共にこの国を統べるの、ね? レイドリークス様。そうすればわたし、もう怖くないわ」


 ふわりと無垢な少女のように、ローゼリア様は微笑みました。

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