第42話 告白と涙と

「先生!!」

「こら! しっ。終わったとはいえ怪我人だよ? 静かに入ってきてね」

「あ。……すみません」

「先生、娘の容体は」


 慌ただしく部屋へと入ると、ウィッシュバーグ先生に叱られてしまった。

 正論なのでぐうの音も出ず体に障っただろうかと心配になりながらも部屋の中を見渡してみると、腕に点滴が付きベッドに寝かされた青白い顔のルルが視界に入る。


「……ルル」

「今は薬で眠らせているよ、起きたら体力を使って予後に影響が出るからね。暗器が内臓まで達していたから自己治癒に障りが出ないようにではあるけど魔法で、開かない程度に修復済み。傷口は救護の医師に縫合処置してもらっているよ。栄養剤は今点滴中。鉄剤処方されたから、経口で魔法使って少し胃の方に入れてある。……大丈夫、助かるよ」


 公爵は、まだ何某か話がしたいらしく先生と医師と話し始めた。

 俺はルルがまだここにいると、い続けるという認識と感覚が欲しくて彼女のそばへとゆっくりと近づく。


 呼吸音が、聞こえる。




 生きてる。




 ベッドの側までいくと、そろり、と手を出そうとして気づいた。

 まだ血がついていた。

 ルルと自分の手とを見比べどれほど大事なものなのかを思い知る。


 目から涙がとめどなく、溢れて止まらなくなった。


 そっと脇から、エンペルテ嬢が濡れた布巾ふきんを差し出してくれたので、声にならない感謝を伝えて、それで手を拭う。

 その布巾すらも命のように思えて、けれど温もりはこのベッドの中、この体にもまだ血潮が脈々と通っているのだと思い直し、今度こそありがとうと告げて使い終わったそれを彼女へと返した。

 配慮してくれるようで、彼女はそれを受け取ると、自分もそばに居たいだろうに俺に譲るかのように布巾を持って下がっていった。


 あらためて、ルルを見る。

 そっと、顔を覗き込みながら手を頬へと持っていくと、顔色は青白いけれどほのかに暖かい。

 命の温もりだ。


 そう思うともう駄目だった。

 ぽろぽろと涙はみっともないくらいに落ちていって、少しルルにかかったらしかった。


「……ん、っ。…………レィ……?」

「ルル?! まだ、寝ていなくてはっ」


 俺は自分の失態に気づいて慌てたけれど、ルルはどうにも何かに浮かされているようで、うっすらと目を開け言うことなんか聞いてくれなくて。

 彼女の手が俺の頬に伸びてきて雨粒のようなそれを掬い撫でた。


「しんぱ…………な、で。レィ……すき……だか、いぃ……す」


 そして、それだけ言うと、また瞼が閉じ規則正しい寝息だけが命の連続を知らせてくる。


 俺は言われた言葉をうまく飲み込めなくて、呆けたよう暫くに突っ立つことになった。

 ギギギギギとでも音がしそうなくらいに体をゆっくりと回して、後ろを振り返ったら、公爵もエンペルテ嬢も、なんだかわかった風で。

 いや、公爵は少し青筋が立っていたかもしれない。

 エンペルテ嬢はしょうがない子ねとでも言うような表情だったかもしれない。

 トーモリエ嬢はキョトンとしていたから、そこでようやく現実らしいと、馬鹿みたいに考えて。


 今度こそ俺の涙腺はぶっ壊れ、鼻水まで垂れた。

 これはこの場にいる人達だけの秘密になった。

 …………俺が、頼み込んだので。


 そうして、ルルの意識が戻るまで今度はエンペルテ嬢達も交えて話をし、公爵と俺は状況の把握に努めたのだった――。







 誰かが、泣いている気がします。




 泣かないで。


 大丈夫ですよ、私達は、闘えています、か




「……ら」


 ぱかっと目を開けると、見知らぬ天井が見えました。

 一瞬自分がどこにいて何をしているかがわからなくなります。


 頭がぼーっとして、うまく働きません。

 私、何をしていたんでしたっけ?

 今は――ベッドに横たわっているようです。


 誰かの声がします。

 あれは――


「おと……さ、ま?」


 少し頭を左側に傾けると、視界に見知った背中を見つけました。

 医務の先生と話しているようでしたが、私の声を聞いて振り向きこちらへとやってきます。


「ルルーシア、目が覚めたのかい? どこか、辛いところは?」


 お父様が、そばにあった椅子に座るなり痛しいものを見るかのように眉を寄せ私に聞いてきました。

 辛い、ところ。

 そういえば、お腹がひどく熱くなりました、か。

 今は何も――思い出しました、私刺客の察知に間に合わなくて……。


「違和感は、ありますが、痛くはない、です」

「そうか。痛み止めは効いているようだな。何か飲むかい? 先生の許可はもらっているよ」

「では、お水が、欲しい、です」

「取ってこよう、待っていなさい」


 そう言うと、お父様が席を立ち水を汲みに室内の水道へと向かいました。

 先生にコップの場所を尋ねる声が聞こえます。


 どれくらい、眠っていたのでしょうか?

 部屋を見渡すと明かりがついていたので、夕方から夜のようですが、時間経過まではわかりません。

 右手と左手にぐっと力を入れてみますがきちんと動きます。

 両足にも力を入れてみますが、ちゃんと筋肉の張りが私に伝わってきました。

 先生が、きちんと処置してくれたみたいです。

 上体を起こしてみることにしました。


「うっ……」

「こら、ルルーシア。まだ動くなと先生が言っていたぞ」

「そう、なのですね。すみません」


 運悪くお父様が帰ってきて注意されてしまいます。


「傷口は縫ってある、内臓は魔法で修復済みだよ。勿論自己治癒の邪魔にならない程度だが」

「……すぐ、動けますか?」


 私のこの問いに、お父様ははじめ面食らって、ついで一回ほど大きく、ため息をつきました。


「……ふーっ。ルル? いいかい? 横っ腹に穴が、しかも、大きめのだよ? それが三つも空いたんだ。普通はすぐには動けないものだよ」

「だけど」

「だけど、じゃない。お前は私の可愛い娘なんだ。お転婆だけれど、命に変えても惜しくはない、娘なんだよ」


 お父様はベッド脇にあった椅子に腰掛けながら、私にそう告げてくれ。

 そして頭を撫で付けながら、続けます。


「コッツオは捕まえた。だがまた口封じだ。よほどしっかりとした組織とみえる……万全にしなくては危ない。後はわかるね?」

「……はい、わかりましたお父様」


 撫でる手が心地よくて、まだ疲れがあったのか返事をすると、私はまた夢の世界へと落ちていったのでした。

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