第40話 魔獣なんです

「コッツオ様ちょっと待ってくださいね」


 私は言いながら脱出すると周りを見渡し適当な枝を何本も折り取ると、交差させ地面に置き簡易的な足場にしつつコッツオ様を引き摺り出しました。

 早めに気付いてよかったです、あれ以上埋まっていたらきっとこの方法では無理でしたので。


「あ、ああ、あり、がとございます」


 動揺した声でお礼を言われます。

 怖かったのでしょう、埋もれていくことを想像すると、気持ちのいいものではありませんものね。


「お気になさらないでください」


 お返事をして、前衛の方達へと視線をうつします。


「皆さん脱出できましたかしら? では、右と左どちらに迂回いたしましょうか。誰か意見がありまして?」


 カシューの声に一瞬悩んだあと、トーモリエ様が提案をしてくれました。


「私としては左左へと行くと手詰まりになる可能性を避けて、右方向へ迂回して見つける可能性を増やしたいなって、思います」

「そうね、それもいい考えですわ。他にありまして?」

「俺に異論はないよ」

「ぼ、ぼぼ、ぼく、もです」

「いいと思います」


 全員一致でしたので、右へと迂回することになりました。

 連日の降ったり止んだりと、今日のどんよりとした空模様で地面は乾かずだいぶぬかるんでいるようです。

 先程のはそれとはまたちょっと違いますが、転けやすかったりするので、今年の演習の条件はちょっと悪目です。

 早めに、魔獣を見つけたいところ。


 と、ふと視界のはしに何かが横切ったような気がしました。


「今、何かが右視界端にうつりました!追いますか?」


 私の問いかけにカシューが答えます。


「私は向かいたいですわ、皆様は?」


 彼女以外のメンバーが沈黙と方向転換とで答えました。

 追いつけなければ、誰か他のグループに先を越されてしまうかもしれません。

 全員で追跡するという結論に達し、私達は方向を変えガサガサとも音のした木々が少し乏しいエリアへと足をすすめることにしました。


 暫く行くと、少しだけ開けた場所につきました。

 何かが暴れた跡なのか、木々が何本か折れたために空が見えやすくなったようです。

 私達はその手前で、僅かな変化を察知して木の幹裏へと隠れます。

 開けた場所には狙い通り、魔獣がいたからです。


 犬型でしょうか、体は成人男性十人から十五人ほどの大きさ、白い毛並みはふかふかそうです。

 ちょうど先程この山の中で獲物を捕らえたらしく食事の最中のよう。

 隣の木に隠れているカシューの方を見ると、声を出さずに頷いてきます。

 他も見ると、それぞれが声が出せませんので違う仕草で応との態度をとっていました。

 彼女はタイミングをはかっています。

 と不意に片手を上げました、一斉にかかれとの合図です。


「回れ回れ業火の渦、その獣炭へとならん!」

「濁流の如き水よ、槍となりて貫け!」


 カシューとレイドリークス様が言祝ぎ魔獣へと当たりました。

 尻尾の毛あたりが燃えて焦げ、お尻の辺りを水の槍のようなものが貫いたようですが、動きを止めるダメージとまではいかないようで。


「ガゥアアアアアアア!!」


 どうやら、怒らせて全力状態、に。

 その様子を見て、攻撃をしかけた私とトーモリエは手と足をとめ一旦後方へと下がります。


「う、あ、あああああ!!!!」


 魔獣の咆哮に心が恐怖で覆われてしまったのか、コッツオ様が叫び声を上げながらこの場を離脱してしまいました。


「え、ちょ、コッツオ様?!?!」


 後方、どうなさるんです?!

 私一人とか困ります!


 けど追いかけるわけにもいかず、おおよその走っていった方向だけ把握し魔獣へと気持ちの照準を合わせました。

 魔獣は気が立ち今にも襲ってきそうです。

 カシューのあの規模の魔法でかすり傷ということは中級から上級でしょうか。

 この戦力でどう倒すか、思案しているとレイドリークス様が腰に下げていた剣を抜刀しました。


「俺がやつを引きつける! 他の三人は魔獣の後脚に集中攻撃してくれ!!」


 彼は言うなり魔物めがけてかけていき。

 魔獣も来たのを迎え撃つ気で、レイドリークス様を捕捉するとその牙を彼へと向け体を駆動させました。


「わかりましたわ! 灼熱の太陽の如き炎、きたりて球となり向かえ!!」

「わかりましたよっと。突風粒となりて数多、駆けろ!!」

「っはい! えーと、泥、固まり飛べ!!」


 べしゃ。


 と、残念な音がして私の顕現させた魔法は地面と同化してしまいました。


 ごぉぉぉぉという轟音と共にカシューとトーモリエ様の放った魔法は、彼の剣を受けている魔獣の後脚へと向かっていきます。

 と、魔獣が感知したのか微妙に自分の体をずらしました。

 それと同時にレイドリークス様の剣を口で咥えてしまいます。


「チッ、外した!」

「すぐに次の言祝ぎをしましょうっ」


 言うより早く魔獣の前足が上がりました。

 彼をその爪で引き裂くつもりです。


 間に合わない!!




 ――嫌っ! レイドリークス様が傷つくのは、もう見たくないです!!




 パァァァアアアア!!


 何か手立てをと思っていると突然魔獣の後脚あたりから眩いばかりの白い光が立ち上がり、魔獣の後ろ足を飲み込みました。

 明るすぎて目が開けていられません。


 あたりの光が少し落ち着いた頃、目を開けます。


 見ると、魔獣の後ろ足二本は完全に消失し体のなくなった部分の表皮は炭化したようで、血は出ずに、ただ魔物の生命機能は停止したようでした。

 何が、起こったのでしょうか。

 茫然自失としていると、どこからか不穏な空気を感じ取り、魔獣よりそちらへと意識をやることにします。


 どこ。

 どこなんです?


 気づいた時には相手の方が動いていました。

 今から制圧したのでは間に合いません。

 私は、目的を変更するとレイドリークス様と相手との間のライン目掛けて全速力で走りました。

 武器として携帯していた短剣をせめてもと投げつけて一瞬だけ足止めします。


「レイドリークス様、避けてください!!!!」


 間に合え!!


 願うように両足を動かします。

 早く。

 もっと早く!

 どうかこの優しい人を、これ以上傷つける事がありませんように。


 これまでの努力よ、どうか願いを叶えて!!


 相手は最初直接手にかける気でいたようです。

 声をかけたのは失敗だったでしょうか、けどそんなことはもうどうでもいい。




「!! ルルっ!!」




 間に合ったので、どうでもいいです。




 お腹に衝撃を受け、私はもんどりうって倒れました。




「ルル!!」

「ルルーシア様!!」


 私の総力を上げたおかげか、ぎりぎりのタイミングでレイドリークス様の前面に躍り出れました。

 お腹が、熱いです。

 視界の端に映ったのは、先ほど逃げたでした。

 潜り込んでいたのでしょう、そしてタイミングを図っていた。

 気が昂っていたのか、気づくことができなかったのは私の落ち度か、未熟さ故か。

 考えても仕方がありませんが、何だか思考がうまくできず、体もうまく動かすことができません。


「ルル!! 誰か救援を!」

「はいっ!!」


 誰かに、助け起こされました。

 あったかい。


「すぐに救護がやってくる、気を確かに、ルル!!」


 わかっています。

 けど、何だか、眠くて、寒いです。

 それに、痺れて……いる、よ…………な……




「ルル? ルル?! ルル――!!!!」

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