第37話 ぐーパンチを見るんです

「しっつこーい!! 私の内面ごと見ないまま、グループに入れようだなんて片腹痛いです先輩!! そんなんじゃ良いグループになんて絶対ならないです。組み合わせは無限大、何をどう組み合わせるかは各々の技量! ただ良いもの『だけ』寄せ集めたって使う人がわかっていなくちゃ、使い物にはなりません! 先輩は物知らず過ぎます。一昨日きやがれすっとこどっこい!!」


 ぐーパンチをしたであろう燃えるような赤い瞳、濃い橙色の艶やかな肩までのセミロングの女の子が、あっかんべをしながら私の脇を通り過ぎて行きました。

 件の先輩は廊下でのびています。


 断りの文言から察するに、さもありなんです。


 あの女の子、グループに欲しいなと思いながら教室へとつき、ガリューシュと別れました。


 先程の光景は、学校のこの時期の風物詩です。

 毎年この時期になると、グループ決めは生徒個人の采配に委ねられているので、校舎のそこかしこで勧誘だの話し合いだのが始まります。

 演習の評定はかなり就職の際の重要情報になり、また生徒もそれは周知の事実なので必然と、真剣過ぎる思いから奪い合いになるのです。


 何故そこまで重要視するのか。

 それはこの国の成り立ちと切っても切り離せない話で――

 ここカルマン皇国は険しい岩山や乾燥した山々に囲まれています。

 中心地は緑豊かですが、国境へゆくに従って魔獣の出現が少しずつ増え、また国境に面した他国は二カ国以外砂漠が面するようにもなり、国交は稀です。

 そう、少し閉じられたこの国はいつも、砂漠の魔獣や国境付近の魔獣に脅かされながら生活していました。

 その為、国境に面した領地での就職は魔法免許必須、またこの国を統べる立場にある貴族の子女子息の中で魔力のあるものは免許取得が絶対条件のようなものになっており。

 それゆえ少しでも良い就職斡旋を、自領や国への還元をと思うと、生徒は演習に熱が入りすぎるくらい熱量がすごくなっているのが常なのでした。


 今日は大規模演習の準備期間一日目、そしてこの風物詩はこれから一週間ほど続きます。


 私は誰と組みましょうか、考え始めたと同時に授業開始のチャイムが鳴りました。

 



 今日の授業が全て終わりました。

 皆思い思いに帰宅の準備を進めている中、私に向けて歩いてくる人影があります、レイドリークス様です。


「ルル! よかった、まだいてくれて」

「殿下。どうかされましたか?」


 教室の中で声をかけられたので、噂好きな一部のクラスメイトが、一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそく見逃すまい、一言一句いちごんいっく聞き漏らすまい、と微妙に逸らした目と耳に力を入れているのが感じられます。


 そんな空気感を気にするでもなく、レイドリークス様は言葉を続けました。


「今度の演習、一緒に組んでもらえないかい?」

「え?」

「今年こそは、ルルと組みたいんだ。駄目かな?」

「いえ、駄目ではありませんが……私魔法の成績はあんまり良くはないんです」

「それでも構わないよ。優劣よりどうみんなで協力して動くか、だろう?」

「そうでしたね。では……よろしくお願いします」


 私は彼の意外にもしっかりした考えを聞いて、内心少し驚いていました。

 腐りかけている皇族、な方がいる一方でこうしてきちんと前を見据えて歩みを進める方がいる。

 人ってやっぱり、素敵です。

 そんなことを思いながら、そういえばと先程考えていたことを伝えようと慌てて口を開きました。


「えっと、カシューも誘ってみて良いですか? あと多分一年生かとは思うのですが、誘ってみたい人がいるんです」

「ではエンペルテ嬢にはルルから声掛けしてもらっても良いかな? 俺はその一年生に声をかけてみるよ。名前はわかる?」

「はい、トーモリエさんとおっしゃっていました」

「トーモリエ……確かシュシュルー伯爵家の子がそんな名前だったな、わかった。もし後残り一枠に誰か勧誘したい人がいたら、いつでも教えてもらえると嬉しい」


 じゃあね、と嬉しそうににこやかに言うと、早速誘いに行ってみようと思っているのか足早にレイドリークス様は去っていきました。


 毎年ぼっちな私は、演習のグループ決めに難儀していたものでしたが、今年は早く決まることになって今までとは違うということを実感します。

 それと同時になるたけ早く彼女を捕まえないときっと引く手数多だと気付き、慌ててカシューの机の方へと目をやりました。

 すると彼女もこちらを見ていたのか、視線がぶつかります。

 にこり、と微笑まれてカシューが話を聞いていて了承をするつもりがあるとわかり、胸が温かくなるのを感じました。

 こんなにも友人に恵まれるなんて、昔の自分に教えてあげたい気分です。

 視線だけではもったいなくて、私はクラスメイトにぶつからぬようにしつつ急いでカシューの元へと向かったのでした。




 その夜、私は日記をまた読み込んでいました。

 当時の文化や息遣いがとっても生き生きと、そして時に両親への不平不満、兄弟への愛や憎しみの感情が、すごく親しみのある言葉で書かれています。

 昔も今もあまり言語の変化はないようで、私にも読むことができ、その点とても助かりました。

 この日記に書いてあるお婆様が語ったことによると、建国より以前、ここはお世辞にも豊かとはいえない土地だったようです。

 さるお方が開墾してようやっと食べていくことができるようになり、また、徐々に緑豊かになっていったようでした。

 開墾、というよりもしかしたら、これは魔法によるものだったかもしれません。

 だから国を起こすことができたと考えると、しっくりくるのです。


 お婆様の名前が、リリア、だというのもわかりました。

 そのリリアさん自身も、魔法をかなり使える手練れだったようです。

 魔法を使って、いろいろ不思議で楽しいことをしてもらった、とこの日記には彩り鮮やかにしてもらった事の色々が綴られていて。

 調べ物をしているというのに、思わずほっこりとした気持ちになりました。


 その日はそこまでで時間切れでしたので、あったかい気持ちを胸に、素敵な夢が見れそうな予感と共に眠りにつきました。

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