第32話 青春なんだそうです

 ガリューシュとレイドリークス様は、ひとしきり昔話に花を咲かせているようで、あーだったこーだったと言っては、笑っています。


 良いなぁ。


 私は分不相応ぶんふそうおうな想いがつい口をついて出そうになったことに、びっくりします。

 あり得ないことです。

 まだ今は、しきたりについて何もわかっていません。

 けど、もしも……もしもしきたりがなんてことはない理由だったのなら。


 期待しすぎてはいけないけれど、この想いを告げることが許されたら良いな、なんて思いながら二人に連れられて無事に教室へとついたのでした。


 その後は、なるべく教室にいるようにし、用を足す際にはカシューリア様に付き添ってもらい、昼食は弟とレイドリークス様と一緒に食べて過ごします。

 レイドリークス様には、婚約者のローゼリア様の意向もあると思い丁重にお断りを入れたのですが……。


「これは俺の我儘だから、いくらルルでもきけない、ごめん」

「嫌です、私もききません」

「きかないのは俺だよ、ルル」

「私です」

「っ、心配くらいさせてくれ!!」

「ちょ、殿下声が大きいです」


 しーっと人差し指を口に当て声量を下げるよう忠告します。


「あんな思いは、もうしたくないんだ……」

「ローゼリア様の気持ちも、ちょっとは考えてください。それに私の立場も……困るんですとても」


 言いたくはなかった一言で、彼を諌めることにしました。


「彼女には、申し訳ないことをしたと思っているよ。け」

「不誠実な男の人は嫌いですっ!」


 い、言わせませんよ?!

 ここをどこだと思ってるんですか、食堂へと向かう道中ですよ?!?!

 こそこそとレイドリークス様に周りに聞こえてしまうと忠告すれば、よくわからない言葉が返ってきます。


「聞かせるように言っているから良いんだ。俺に限っての醜聞しゅうぶんを、流す手筈てはずは整っている」

「どういう、ことです?」

「まぁせいぜい元気に、今は俺のことを大船に乗ったつもりで振ってくれ、ってことだよ。……兄上は本気だ。しかも手段を選ぶ気があまりないらしい。あれでも有能なんだ、本人は気づいていないけれど……俺も手段は選んではいられない」

「……容赦、しませんよ?」

「良い。後できっちり回収する」

「? 何か、お考えがあるというなら、乗っかっておきます」

「よろしく頼むよ」


 謎な計画に押し切られてしまいました。

 なので昼食は三人一緒です。


「え、レイド公爵家の跡取りになったんだ?! そっか、なら姉上との結婚は無理だな」

「諦めたくないんだ! なんとか、どちらかの家を他の者に任せられないか、その手段が無いかを探したいと思ってる。それくらい俺は君の姉上を愛してる」

「友人としては応援したいけど、家の事情だからな。難しいぞ?」

「この体を焼き焦がすほどの想いに比べれば、その困難くらい引き受けるよ」

「ま、せいぜい頑張れや」

「ありがとう、君が味方なのはありがたい」

「勝手を言わないでください! 私、家継ぎますし無理ですからね?!?!」


 これ巻き込まれ事故になってませんか?

 大丈夫ですか?

 移動が終わり食堂の注文口への列に並びながら、私は少し不安に思います。

 けれど、弟も彼も何も気にする様子がなく話し続けました。


「わかっているよ。お互い家を継がなくてはいけない身。けれどどうか、想う自由の翼だけは、俺からもいでしまわないでおくれ」

「いや、それ不可能では」

「今だけでも」

「家継ぐんですよね?!」

「勿論」

「お断りしたいです」

「つれないなぁ」


 会話が聞こえていたのか、食事を受け取る際に私とレイドリークス様はそれぞれ違うおばさまに、青春ねぇがんばんなさいね、と応援の言葉をいただきました。

 席を探して座った後、こっそりと弟とレイドリークス様に尋ねます。


「私、この方向性で本当に大丈夫なんですか?」

「ああ、上々といったところ、かな?」

「悪くないと思うぜ?」


 二人が言うならそうなのでしょう。

 乗っかると言った以上はこの方向性で私も頑張ろう、と心を決めたのでした。




 その日の夕方、私は前からやりたいと思っていたしきたりについての調査をすることにしました。

 セルマンに頼んで、倉庫の鍵を開けてもらいます。

 がちゃり、と音がして開いたそこは、もう随分ときちんとした掃除をしていないのかむわっと埃っぽい空気が出てきました。

 予測はしていたので布を口に巻いており、ほこりを直に吸うのはまぬがれます。

 一歩中へ足を踏み込むと、古いものが持つ古い匂いとまとう歴史という空気の重厚じゅうこうさが、肩へとのしかかった気がしました。

周りを見渡すと、骨董的価値のありそうな食器が所狭しと並んだガラス棚や、何が入っているのかわからないような大きな箱が、雑然と収められています。


「お嬢様、書物の類いは奥の棚にございます。お足元にお気をつけください」


 そう言ってセルマンは、先頭に立って案内をしてくれます。


「セルマンはここへ入ったことがあるの?」

「こういったものは年々増えていきますので、年数回旦那様と一緒に整理したり処分する際には」


 慣れた様子を確かな足取りに見てとりながら、彼の後ろについて行きます。

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