第31話 思い出すんです
その夜は、マークスが不安がって離れたがらなかったので、今日だけですよと言って一緒のベッドで寝ました。
「姉様、朝だよ」
次の日の朝、流石に疲れていたのかマークスの声で起こされますが、なかなか瞼が開きません。
「ん〜」
「姉様ったら、寝ぼけてるの?」
ちゅっ、という音と感触がしてがばりと慌てて体を起こします。
「ま、マークス?!」
「油断してたのが悪いよ、僕だっておとこのこなんだからね?」
そう言って末っ子が、とっても良い笑顔を向けてきます。
いや、でも、今までお姉様っ子で、でも。
訳がわからなくなって、慌てて弟の部屋を出ます。
ちょうどそこへエルレードが朝食へ向かうのに出くわしました。
「え、エルレードっ」
「なんで姉貴こんなとこいんだよ?」
「マークスに、不安がられてしまってねだられた、ので?」
「んで、寝込みまんまと襲われたんだろ」
「んな?! そんなことされて! されて。されて、ます?」
事実に、愕然として思わず口を手のひらで押さえます。
可愛い弟にちゅーされてしまっては、反論のしようがありません。
「あいつ、当時二歳だったっつーのに覚えてるぜ? 自分が養子なの」
「それは、ほんとですか?」
「直接きいたからな。あんま無防備にしてやんなよな、アイツも想い人がいる以上もう男って言っていい歳なんだしさ」
弟に忠告され、姉の面目丸潰れでしょんぼりしました。
どうやら私はそっち方面にだいぶ疎かったらしく、気遣いのなさに情けなく思います。
「次から、気をつけます」
「じゃあとっとと着替えてきな、夜着のままうろちょろしてっと、今度こそぱくっだぞ」
「! はい!!」
エルレードの助言に素直に従い、慌てて自室へと戻ります。
「ったく、世話の焼ける姉貴だぜ」
「……チッ、兄貴余計なことすんなよな」
「おい、猫の皮剥がれてっぞ。姉貴免疫ないんだから、あんま無茶すんなよ?」
「今更兄貴に皮被ったって仕方ないだろ。何年想ってるとおもってんの? 体から始まる恋だってある」
「
「うるさい」
立ち去った後の弟達の会話は、私には預かり知らぬところなのでした。
朝のばたばたから一転、落ち着いてガリューシュと共に馬車に揺られて学校へと向かいます。
「はぁっ」
「姉上どうかした?」
「いえ、私色々と足らないところがあったんだなぁって、思ってたんです」
「しょうがないじゃん、俺達まだ子供だぜ?」
「そうでした、ね」
「発展途上てことだろ? 要はこれから力をつけていけばいいんだと思うけど? 俺」
思いの外しっかりした弟の考えを聞き、私は考えを上方修正します。
そうですよね、まだまだこれからです!
気持ちを新たにしたところで、馬車がゆっくりと止まりました。
どうやら学校に着いたようで、弟のエスコートで馬車から降ります。
この三年間ガリューシュとは一緒に登校した事がなかったので、こういったのも新鮮でいいですね。
私は少しほくほくした気持ちで敷地へと足を踏み入れます。
「ルル!」
するとそこに、レイドリークス様が声をかけてきました。待ち伏せをしていたようです。
「ぴゅぅぃぅ。早速お出ましとは、姉上愛されてるね」
「あっっ、ガリューシュからかわないでください!」
口を鳴らしながらのからかいに抗議をします。
「あれ、ルル、今日はガリューシュと一緒なのかい?」
「え、皇子殿下俺のこと知ってらっしゃるんですか」
「ああ、君もわからないか。ほら、ヒョロリーいただろう? あれ俺だから」
「ぅええっ! マジ!?」
「まじまじ、まるっとマジ。ガリューシュは変わっていないね、背は高くなっているけど」
「いや、お前も
「コツ教えようか? 必死でやったんだよ、何せ初恋の子に『私鍛えられた肉体美のある人が良いの。そうなれたら良いよ』って言われたから」
も、もしかしなくても昔の私ったら、そんなこと言ってたんですか?!
うわあああああ、とんでも発言です。
しかも、良いよって、何を良いよなんです?! 怖くて聞けません……。
というか、なんかだだ漏らしてませんかレイドリークス様、ははは、初恋、とか。
初恋。
……あ、そうです、確かに言われたことがあります。
あれは確か――
「ルルー、待ってよぉ!」
「もーヒョロリーは体力ないなぁ。それじゃつまんないじゃないの」
「だ、だって」
「だってじゃないわよ。この丘抜けたら良いとこ着くんだから頑張んなさいよね!」
「はぁっ、はぁっ」
「ほら、後もうちょっとよ」
「……うわぁぁぁ! すごい! とっても綺麗だ!」
「でしょ? ここ私のお気に入り」
丘の向こうにある花畑が見せたくて、ある時ヒョロリーを連れて行ったんです。
彼は当時とても体力がなかったので少し初歩の鍛錬の意味もありました。
何くれと世話をしていたからか仲が悪いわけではなかったので、ヒョロリーも少し弱音を吐きつつもついてきてくれて。
そうして見せた景色は、彼のお気に召したようで私も嬉しかったのを覚えています。
「力をつければさ、出来ることって増えるんだよ。あんたのそれだって、何か病気を抱えてるからじゃないんでしょう? なら、少しづつ力つけていけば、見えるものも変わるって、私はそう思うけど」
「そう、かな?」
「多分ね!」
私は何だか変に語ってしまったことに気恥ずかしさを感じて、もう帰ろうと声をかけました。
「ね、ルル」
「ん〜?」
「ずっと一緒にいてくれる?」
「やだ。弱っちいのと一緒じゃ私が行けるとこが減っちゃうじゃない。私鍛えられた肉体美のある人が良いの。そうなれたら良いよ」
「ほんと? 約束ね!」
「はいはい、約束約束。ほら、帰るわよ!」
そうして、二人して競走しながら丘を下って。
慌てすぎてそういえばごろんごろんこけて転がったんでした。
懐かしい情景が
思い出したなんて知られたくなくて、赤い顔を隠すように二人の後ろを歩くことにしました。
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