第27話 ぶつかるんです

 そこでふと、違和感を感じました。

 いつの間にやらいじめと名のつくものが鳴りを潜めているのです。


 ――――いつ、から……?


 私は慌てて記憶の中を探ります。

 あの時はあった、あの時点でもこうされた――

 そしてあの時です、あの時を境に一切いっさいのいじめは執り行われなくなっている――。


 私は、思い違いをしていたのかもしれません。

 これまでのいじめと刺客の送り込みは同一人物の意思によってなされているかもしれない。

 ――そして刺客には多分――。

 その可能性に思い当たり、胸の内の中だけで御三方に疑ってしまって申し訳ございませんでしたと、謝りました。

 つい考えすぎていたのでしょう、歩きながらだったので前方の人にぶつかってしまいます。


「ぶひぇっ! す、すみません」

「いや、よい。怪我はなかったかな?」


 うう。

 まさかの第三皇子です。

 よく見ると彼の背中越しにレイドリークス様とローゼリア様のお姿も。

 どうやら兄弟で言葉を交わしていたようです。


「怪我はございません、お気遣いありがとうございます」


 とっとと逃げてしまいたく、それでは失礼と言いかけたところで、腕を掴まれます。

 どうしてこうも見境がないのでしょうか、心の中で睨みつけながら相手を見ると、その眼にはどこか仄暗ほのぐら愉悦ゆえつが映し出されています。

 瞬間背筋がビリビリしました。


 ここに居てはいけない。


 そう思ったのが遅すぎました、第三皇子は取ったままの手を持ち上げると自身の口元に寄せ、チュッというリップ音と共に周りに告げるように私に話しかけました。


「おはようルルーシア。婚約してすぐ会いにきてくれて嬉しいよ」


 その声には、ただ可笑おかしみだけがこもっていて。

 第三皇子の背中越しに少し驚いたレイドリークス様の顔と、ローゼリア様の薄く微笑んだ瞳が……逃避とうひしかけた私に現実だと伝えてくるのでした。


「おたわむれはおよしください。私達は何の関係もない身でございます。ご事情あることかもしれませんが、冗談としてだけ受け取らせていただきとうございます」


 私はそういうなり手をサッと抜きにかかります。

 が、相手も異常な力で持ち直した手首を掴んでいるので拮抗してしまいます。


「冗談ではないのだが。俺の父からも話がいっているだろう?」

「父からは、と言われている、と聞いております第三皇子殿下」

「そうか、真意が伝わっていなかったのは残念だ。だがここで新たに皆の前で誓おう、お」

「私! お花摘みに行きたいので、失礼、します!!!!」


 言わせないですよ?!?!?


 あられもない発言をしたお陰で、第三皇子は鳩が豆鉄砲まめでっぽうを食らったかのような面持ちになっています。

 手の力も緩んだので難なく自分の手を取り戻すと、有言実行とばかりにトイレへと駆け込むべく足早にその場を去りました。


 近場のトイレへ入ると、息を吐き出します。

 とんだ災難です。

 掴まれた手首を見ると、微妙に赤黒くなっていて内出血を起こしているようでした。

 そこへどこからかこちらへとやってくる足跡が二つ、聞こえてきます。

 今の自分の疲れた顔を見られたくなくて、個室へと慌てて逃げ込みました。


「ね、さっきの聞こえた?」

「聞こえた聞こえた、愛の告白ってやつぅ〜?」

「皇族ってすごいよね、朝から婚約がどうのとか」

「この前第四皇子もやってたよね〜」


 入ってきたのは、話し方からしてどうやら平民の生徒さんのようでした。

 朝の通学で乱れてしまったのでしょう、髪の毛を手直しする音が聞こえます。


「そうそう、あれ、破局したらしーよ?」

「え、そうなの?」

「うん、なんかいつの間にか別の人が隣にいてさ。その人とはもう婚約までしてるんだってさ」

「ええ〜?! 貴族の人って、何だかせわしないんだね」

「家継がなきゃだからかな? なんか、家の人が決めてきたりするらしいよ、結婚」

「ふえ〜、別世界!」

「だよね、っとこれでよし。付き合ってくれてありがと、一時限始まるからそろそろ行こっか」


 言うとその二人組はバタバタとトイレから出て行きました。

 私は、今聞いた情報に思いのほか衝撃を受けています。



「レイドリークス様が、婚約…………」



 むなしいつぶやきが、タイル張りの冷たい床に響いて消えていきました。




 わかっていてもガツン! と頭を殴られたような感覚に、ふらふらと一時限の授業を受けました。

 折角の先生のお話なのに、何も頭に入っていません。


 いずれそうなるだろう事は、わかっていました。

 跡取りというものはそういう存在です。

 私も後々、お父様が傍系ぼうけいか事情に口がたえん続きになってくれる家の人を、選定してくるはず。

 だからそれまでのほんの瞬きほどの自由だと理解して、片想いを続けると決めました。

 振られる事まで織り込み済みの、初恋込みの二度目の恋。

 もう少し、大事にできる期間があると思ったのに……貴族ってままなりません。


 こんな気持ちのままでは、守るべきを守れない、ですね。


 私は明日以降の計画変更を考えながら、午後の授業を終えたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る