第26話 断りたいんです

 声をかけてきたセルマンの雰囲気がとても苦いものだったので、何事かが起きたようです。

 せっかく、珍しくいい日だと思ったのですが……生きている以上ままならないもののようで。

 何の事かが全くわからないので、少しの覚悟だけを持ったまま、執務室へと向かいました。


 ドアの前までくると、手でノックをします。


「ルルーシアです」

「ああ、お帰りルルーシア、入りなさい」


 ドア向こうのお父様が、珍しく動揺を含んだ声で了承の言葉を発しています。

 嫌な予感がしつつも、私はドアを開け中へと入りました。


「お呼びと聞いたのですが……」

「あ、ああ。まずは座りなさい」


 いつもと違ってとても歯切れが悪いです。

 まるで没落するか、爵位剥奪はくだつもかくやといった面持ちでもおかしくありません。

 考えあぐねながら向かいの椅子に座り、聞きにくそうに話を切り出してきました。


「……ルルは、第三皇子と、面識はあるかい?」

「以前学校でテキストを拾っていただきました」

「そうか。その…………恋仲で、あったりは?」

「…………は?」


 お父様は、今、何を?


 私の様子がおかしいことに気づいたのか、言い方を変えてきいてくれます。


「ルルは、第三皇子とは懇意にしていないのだろう?」

「勿論です!! 絶対に、何の関係もないと断言できます!!」


 あんな、嫌な体験をして関わり合いになんかなりたくないです! 向こうは何か思うところがあるようで、割と頻繁に見かけましたが全てかわしきりました。

 大変でした……。

 そんな思いがのりにのった返事だったので、お父様が珍しく目を白黒させています。


「そう、なんだね? ではこの話はおしまいに……と言ってやりたいところなのだが、少々問題が出てきてしまっていてね……」

「問題、ですか?」

くだんの第三皇子が、お前に懸想けそうして婚約を申し入れてきている」


 あの。


 何も感じてなさそうだった皇子が。


 け、懸想けそう??


 ……やられました、これは、何がしかいます。


 お父様に相談しなかったのが悔やまれます。

 逃げまわっていたのも今思い返せば悪手あくしゅだったのでしょう。

 思い通りにならない私に業を煮やし、手段を変えてきたのです。


「それは、断れない類のものですか?」

「あちらの公爵家の跡取りが決まる前なら可能だった……だが今は少し難しくてね。いきなりで陛下も驚いてらして、あちらからの保留で良いとの言質はとっているんだが」


 お父様が言外にルルはどうしたい? と聞いてくれます。


「お父様、私好きな人がいるんです、振られる予定ではいるんですけど……けじめをつけるまではどなたとの縁もお受けできません。それに……」


 私は正直に第三皇子との間にあった、短いけれど薄気味悪い邂逅かいこうを包み隠さず話しました。


「……そんな事があったのだね。それは辛かったろう。第三皇子の件は私の方で何とかしておこう。ルルは何も心配せず学校で彼にあったら全力で逃げる事。良いね?」

「はい、ありがとうございますお父様」

「なに、これくらい可愛い我が子のためなら何ということはない。頼ってくれて嬉しいくらいだ」


 子供の力になれるのは独り立ちするまでの短い期間しかないからね。と、お父様は笑いながら頭を撫でてきます。

 私は子供扱いついでに最近あった出来事、特にお友達が出来た事などを父と子として語らった後、執務室を後にしました。




 翌朝、家を出る時に寝坊した弟達に見送られ家を出……ようとした時に、ふと気づいたので尋ねます。


「もしかして、三人とも背が伸びてます?」

「え、当たり前だろ? 何言ってんの姉貴」


 驚いているのは十二歳のエルレードです。


「姉上、俺達成長期だよ?」


 少し呆れつつも優しく笑って言ってくれているのは弟の中で年長十五歳、ガリューシュです。


「気付いてくれた? 姉上、この前から僕三センチも伸びたんだよ!」


 嬉しそうに報告してくれたのは末っ子のマークスです。


 ガリューシュに抜かれて久しいですが、エルレードにもどうやら抜かされてしまっています。

 男の子の成長期たるや、恐ろしいものがありますね。

 私も欲しかった、成長期……。


 朝から同じ家族間でのちょっとした理不尽を感じながら、家を後にしました。




 学校に着くと、もう習慣になってしまった上階の人影を確認します。

 今日もいません。

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