第22話 友達なんです

 ……これは開けて良い扉なのでしょうか……。


 わからない。

 けれど何もわからないまま闇雲に突き進みたくはありません。

 やる以上は、自分で考え、自分で選んだのだと言いたい。


 新たな目標を密かに胸の内に決め、私は夕食のために自室を後にしたのでした。




 六月に入りました。

 朝の空は少し薄雲が広がり、風がそよそよとしています。


 黒歴史の闇から一夜明け、気持ち的には少しだけ落ち着いてきました。

 あれから色々考えたんです。

 ほんとにたくさん考えて、まずはお父様にしきたりの詳細を教えてもらうことにしました。

 今日の夜に訪ねる手筈を整えています。


 初恋の方はダメです。

 もう今の恋心と合わさってひっちゃかめっちゃかで、今も思い出しかけてはドキドキがひどいです。

 ごめんなさいって言ったくせに、これまでのあれやこれやを反芻しては、ごろんごろんする変態さんになってしまいました……。

 誰か助けてください。

 こういう時、皆さんは友人と語らって思考を整理整頓するんでしょうか?

 ぼっちだったので、どうして良いかがわかりません。


 どうすることもできず困った状態のまま、私は馬車に揺られて学校へと向かったのでした。




 学校に着くと、まず遠目に二階に人影がないか確認しました。

 今日は見当たらず、ほっとします。


 校舎に入ると、ざわざわといつもと違う雰囲気になったのを感じました。


 何故。


 理由がわからないので、とにかくクラスへと寄り道せずに向かいます。

 その途中、ある女子生徒が鼻で笑ったのが視界の端に映りました……あれは、ショコラリア=コケット侯爵令嬢です。

 何がしか変化があった、そしてきっとそれは彼の――レイドリークス様がらみで――私はそう確信しながらも努めて彼女の方を意識しないようにして、廊下を歩ききったのでした。


 クラスに着くと、思った通りレイドリークス様がらみの噂があちこちから聞こえてきました。


「……どうやらあの子振られたらしいぜ」

「もう次の婚約者を狙ってる子がいるんだろ? あ、でもあの子は婚約者じゃなくて打診止まりだったんだっけ」

「そうそう、ドムンスク嬢以降だれもいなかったんだよ、だから女子の圧がすごかったんだぞ?」


「こっぴどく振ったそうよ、かわいそうな殿下……」

「……やつれた姿も素敵だとかで、既に何人かアタックしたみたい」


 そこかしこであるんだかないんだかな噂がささやかれ、渦中の人物の私も少々面食らいます。

 私振った人で振られた人にもなっています、どっちなんでしょうか摩訶不思議です。

 少し居た堪れなくなっていたところで、声がかかりました。


「おはようございます、ルルーシア様。どうかなさいまして? まるで狩人に追われる野うさぎのようでしてよ」

「あ、おはようございます、カシューリア様。なんだか噂になっているみたいで、肩身が狭く感じちゃったんです」


 これではいけませんね、と言いながら表情を引き締めて背筋を伸ばしました。


「あら、それはそれでかわゆうございましたのに。わたくし好きですの、野うさぎ」


 そう言っておもむろに彼女は私の頭を撫でます。

 が、自分の失態に気付いたのかサッと手を退けました。


「っ、ごめんなさいルルーシア様! わたくしったら、許可もいただかずに不用意に触るだなんて」

「いえ、ゆ、ゆゆゆゆ友人なんですから、大丈夫ですよ? 気になさらないでください」

「ありがとうございます。ルルーシア様にそう言われてほっとしましたわ。それにしても……噂ですけれど、どうも回りが早いようですの。何かありましたら、相談してくださいましね」


 わたくし達お友達なんですもの、と言い置いて授業の用意があるためカシューリア様は自身の机へと戻っていかれました。

 お友達、という言葉に私といえば心の中でぴょんぴょん飛び跳ねます。


 だって、友達、ですよ?!?!


 とっても少ないですが仲間はいます、今でも時折、文を交わすことはあります。

 けれどもう立場も違うため積極的に会うことは叶いません。

 そして学校では、まごうことなきぼっち! そう、ぼっちだったのです!!

 それが、卒業まで後一年という今になって、やっと、ようやく、お友達!

 これを喜ばずして何を喜びましょう、いやないです。


 それくらい、嬉しいことです。


 私は授業の始まりのチャイムをききながら、先生の話が始まるまでの間ずっと、言われた言葉を反芻はんすうするのでした。




 ビビビビビビ


 四時限目のチャイムが鳴り、教室がガヤガヤとせわしなくなります。

 クラスメイトはみな思い思いに友人を誘って教室から出て行ったり、机の上でお弁当を広げたりしています。


 私はというと、約束はなくなったでしょうし、お弁当も急だったのでお願いするのを忘れていました。

 なので今日は食堂へ行こうと思って今用意しているところです。


「ルルーシア様」


 そこへ朝ぶりに声を交わすカシューリア様が名前を呼んでくれました。

 お友達……その言葉を頭に思い浮かべると私の頬はぽぽぽぽと赤くなります。

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