第21話 黒歴史なんです

 とんでもない爆弾をくらった後、ほうほうのていで帰途へつき、今は馬車にガタゴト揺られています。

 窓の外は春から夏へと移りゆく途中で、新緑が光に反射し艶々つやつやしています。


 私はさっき自分の身に起こったことで、一つ、とても大事な記憶を思い出しました。

 レイドリークス様の苦しげな顔に、いつかのヒョロリーの顔が重なったのです――。




 私は十歳当時、領地内の荒れたグループに所属していました。

 有りていに言えば、不良ってやつで悪餓鬼わるがきだったのです。

 そのグループ内にも派閥はあって、どんな悪いことでもする派閥から、悪いものいじめがしたい派閥、とりあえず居場所がなくて所属している子達まで、色々でした。

 私はむしゃくしゃした気持ちをどこかにぶつけたくて、悪い事を当然のように楽しくやる奴をよくいじめ抜く子に、混じるようにしていて。

 そうやって八つ当たりばかりしていました。

 仲間も色々事情はあれど、そういった自分なりのボーダーを決めていて、悪いことだと分かっていても居心地は良かったです。

 けれどそんな子ばかりではなく、一部悪さが過激な子達もいて。

 気の合う仲間は好きだったけどグループ全部を友人とは思っていなかったので、特段どんな事が行われても何も思っていませんでした。

 自分の範囲ではないと思っていたんです、関係ない、と。


 そんなある日、家が急に貧しくなり親に言われて盗みを働いた、居場所が無いだけだった子がいました。

 過激な子達はそれに乗じてその子を苛烈かれつにいじめ始めました。

 そこに、本人をいさめながらも荒れてる子達に食ってかかった子が現れます。

 武器を持たぬただ優しさと弱さから間違いを犯した子を守ろうとしたその男の子こそ、レイドリークス様でした。


「彼の境遇を知らぬからできるのだ! 彼だって君たちとさほど変わらない、けど彼は決めている、優しくあろうと。そうして実行し続けているその努力と胆力たんりょくを俺は尊敬する! 汚い思いと格闘しながらそれでも表し続ける善は、たとい皆に偽善にうつろうとも清廉なる善だ!」


 そう言いながら、けど彼だってガリガリの貧弱な出で立ちでヒョロリーと呼ばれている位です、殴られ続けるし正当防衛で振り上げた彼の拳は相手にかすりもしません。

 止める善をするほど、その時の私は真っ当ではなくて。

 けど、彼の言葉に何かを感じて、じっとその成り行きを見ていました。


 もう立ち上がれないのではというほど殴られた最後、殿下は荒れてる子に渾身こんしんの一撃を当てます。

 殴り返されたけど、それ以上荒れた子も殴りませんでした。

 そして何事か聞こえないくらいでお互い何かを言い合って、荒れた子は殿下に手を貸し。

 支え合いながら、村のお医者へと二人で向かっていったのでした。


 その後ポツリポツリと、荒れた集団の子はつるまなくなり、やがて解散しました。

 少し経って、国策として子供への救済策のいくつかが施行されましたが、それが殿下の働きかけによるものかは不明です。

 私というと、その一件ですっかりレイドリークス様が大好きになってしまい、自分の境遇をまず一旦受け入れよう……とお父様に謝罪した後、真面目に修行を始めました。


 血反吐を吐きましたよ、実際、いやほんとに。

 それまでにもさわりは習っていましたが、本格的にとなるとレベルが違うのです。

 体術、剣術、気配の消し方にするりと相手の脇に入っていく手管などなど――特に器用というわけではなかったので随分と怪我もしました。

 さらには次期当主としての勉強もあり、さぼっていた期間分寝る間がないくらいに忙しかったです。

 辛いなって思いましたが、まともになってこの想いを伝えたくて。

 彼とも頑張って仲良くなろうとしましたが、どう接すれば良いのかわからなくて。

 自分なりに鍛錬のコツなんか話しましたが揶揄からかったりもしたので、きっと意地悪した位にしか思われなかったかもしれませんね。


 けどレイドリークス様が帰る日が近づいたあたりで気付きました。

 当主になる私に、殿下ってお婿に来てもらえるのかと、しかもめちゃくちゃ荒れてた私っていう不良物件です。


 四男とはいえ皇族で、危険極まりない家系の不良物件に……降下はしてもらえないかもしれない。


 その可能性に思い当たった私は、そろっと、お父様に確認したんです。

 案の定、難しい、と言われてしまい――ショックすぎて、確か高熱が出て寝込み――起きた時にはヒョロリーのことは忘れていて。

 存在そのものを忘れたので、まわりが恐らく気を利かせてくれたのでしょう……挨拶をした記憶はどこを探してもないようなので、そのままお別れしてしまったようです。




 ――く、お、恐ろしい程の黒歴史ですね?!?!


 思わず私は馬車の窓にゴチンと額をぶつけます。

 新緑は、今の私には眩しすぎる気がしてきました、よ……。


 そんな気持ちのまま自室へ帰るとベッドの上で、黒歴史のあれこれや今日のあれこれも総動員して、ごろんごろんする羽目になったのでした。


 そうしてひとしきりごろりんぱした後、ふとお父様が言った言葉を思い出します。


「しきたりさえなければ……」


 そういえば、何故赤茶の瞳が重要なんでしょう?

 生まれる以前からあるだろうそれを、現当主が言ったからというだけではしきたりである意味が分かりません。

 伝統という名の当たり前で縛られていたことに気付き、戸惑います。

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