第17話 自覚するんです

 何故――。


「ずぶ濡れじゃないか! ほら、この手に捕まって!」


 彼が私の手を掴んで、池から引き上げてくれます。

 話をきくと、レイドリークス様は放課後図書館デートをしようと私を誘いにきていたらしく、友人に不在であるが帰宅はしていないというのと共に、紛失の件も聞いたようでした。

 ぐるぐるしていて口止めを忘れていました……見習いの風上にもおけないです、ね。

 大人しく引き上げてもらうがままになっていると、レイドリークス様は突然真っ赤になるなり自分の上着を脱ぎ、こちらに突き出してきます。

 私が不思議がっていると、こちらを見ずに口を開きました。


「…………シャツが、その、透けていて……だね……」


 その言葉に自分の胸元を見ると確かに下着が透けています。

 ……下着が、透け……「ひゃぁっ」

 顔を真っ赤にして胸元で腕を交差し隠しながら思わずうずくまりました。


「見てない! いや、目に入りはしたが!!」


 レイドリークス様はそう言いながらも同じようにしゃがんで目線を合わせ、私の背中に上着をかけてくれながら、さらに続けます。


「……見るなら、ちゃんとルルーシアの想いをもらって、許可を君の口から聞きたいから」


 言うなり少し気恥ずかしそうに、レイドリークス様は微笑みました。



 ――すき――



「春とはいえそろそろ時間的に冷えてくる頃合いだ。無くなった物は残念だが、君の方が大事だよ、病み上がりだろう?」



 レイドリークス様が、好き――



「俺はまだ学生だから魔法が使えない。医務室へ行って乾かしてもらおうと思うけれど、いいかな?」


 レイドリークス様は、私が裸足なのを見てとるとしゃがんだまま後ろを向き、上着と靴類は濡れないよう護衛に運ばせるからルルは背中に乗って? と先程の言葉に続けてきます。

 混乱したまま、そろりと背中に手をやると、彼の温もりが手に伝わってきて……一瞬だけ躊躇ためらって離しけどもう一度両肩に手を乗せ、体を預けました。


 ……泣きそうになっているこの顔に、気づかないで……


 と、祈りながら――。




 背負われて医務室に行くと、先生に、君よくずぶ濡れになるよね〜、とか言われながら魔法で乾かしてもらい。

 レイドリークス様が何くれとお世話をしようとするのを必死で、でも丁重にお断りをしました。


 そして今。

 私は逃げるように学校から帰りエントランスから家の中に入ったばかり、です。

 弟達は今回全員の三つ巴で喧嘩しているようで、調度の壊れ具合、室内の荒れ具合が桁違いになっています。

 今日はもう執事のセルマンに話しかけるのさえ億劫で、弟を尻目に自室へと行き、メリーアンにお湯の用意を頼んだのでした。


 チャッポン


「はぁーっ……」


 ブクブクブクブク


 湯船に口までつかり、今日あった出来事を反芻はんすうします。


「べぶぶーーっぶはっ!」


 ぼんやりしていて口をお湯につけていたことを失念していました。


「お嬢様大丈夫ですか?!」

「ありがとう、大丈夫ですよ」


 脱衣場で待機していたメリーアンが、慌てて入ってきます。

 溺れてるんじゃないかと心配させてしまいました、気をつけないとですね。

 無事を確認され彼女が退室した後、改めて思い返しました。


「カシューリア様と……お、お友達? になって、プレゼントを貰って、盗られた物を拾うのに池に入って」


 ――気持ちを、自覚、して――


 またつい口まで沈みます。


 盛りだくさんです。

 この前着替えを貸していただいた恩義は細工飴で返しましたが、カシューリア様に改めて何か贈り物をしたいなと思いました。

 プレゼントは……つけないと、ガッカリさせてしまうでしょうか――けれど近々きんきんだと、周りのいらぬ噂になりそうです。

 つける時期が、問題だなぁと思います。

 そもそも、つけない方が拒絶を示せていいということは頭ではわかっていて。

 けれど自覚してしまったこの心が、どうしてもつけたいんだってうるさくて…………。


「……ごぶばっ」

「お嬢様、もしかしてまたでしょうか?」

「そう、です」

「畏まりました」


 脱衣場から声がかかりました、今度は慌てていません。

 事態を正確に把握したのでしょう、冷静に声をかけるだけにとどめてくれます。

 優秀な侍女がついていて私は果報者かほうものです。


 先程まで考えていた……どこかみっともない我儘を……少し恥ずかしく思いました。

 そう、我儘なのです。


 だって、応えられない。


 切り刻まれるかのような気持ちに、今度は頭まで沈んで目をつぶります。


 いっそこのお湯に溶けてしまえたら――――


 そう思いながら潜れるだけ潜って、茹蛸になってしまい。

 浮かんだ状態で救出される、という失態をおかして侍女をまた慌てさせたのでした。


 ごめんなさい、メリーアン。

 いつもありがとうございます。

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