第15話 魔法で焼くんです

 翌朝、私は気もそぞろに早めに目が覚めてしまいました。

 病気の療養で寝過ぎたから、というのもあるかもしれません。

 少しだけ体を動かしたあと学校へ行くことにしました。


 学校に着くと、外広場で皇子とその友人らしき人が何事かをしているのが見えました。


「そっちあったかー?」

「ん〜、こっちはないな。俺はもう少しあっちを探してみるよ」

「悪いな、頼んだ!」


 そんな声が聞こえてきたので、どうやら失せ物を探してあげているようです。

 お優しいのだな、と思いながら私は校舎内に入りました。


 今日の一時限は実技でした。

 最終学年である六年生ともなると、少し複雑な魔法を訓練するようになっているのですが、私の魔力操作はそう上手ではないようで、毎度毎度苦戦してしまいます。

 思えば体術なども習得までは結構……いやかなりの時間を費やしたような?……考えると少し落ち込むのでやめましょう。

 結果出来るようになってはいるので、いいのです。


「ふーっ……『回れ回れ業火の渦、その中を釜の如く熱せよ!』」


 ボフワッ!


 私が放った魔法は、一瞬高く燃え広がりしかしすぐにシュルシュルと小さくなったかと思うとすぐ消えてしまいました。

 中心となっていた透明な耐熱紙に包まれたサツマイモは、焼き色一つつかず購入した時のままの姿でそこに鎮座しています。

 うむむ、難しいです。

 隣を見ると、この前着替えを借りるきっかけを作ってくれたカシューリア様が言祝ことほいでいたので、コツが知りたくて観察することにしました。


「揺らげ揺らげ母なる炎、燃やしめぐって包み込め!」


 ボワワワワ


 彼女は微妙な匙加減さじかげんで炎を出現させると、やがてゆっくり煙が出だし、終わればほっくりとした焼き色のついたイモがその場に出来上がります。


 ……美味しそう。


 はっ!

 違います違います、どれだけ美味しそうかではなく、いえ勿論最終的にそこを目指さなければいけないのですが。

 その操作性や力加減を、見て習わなければ……!

 けど美味しそう……。

 私の視線に気づいてしまったのか、カシューリア様がこちらを見ました。

 涎が垂れてしまっていないか、口周りを押さえて確認します。

 大丈夫でした! 少しホッとします。


「ルルーシア様、どうかなさいましたか?」

「あ、いえ、すごいなって思いまして。観察させてもらっていたんです」

「そうだったんですの。そんなに大した事はしていませんのよ、こう、包む感じを頭の中に思い浮かべるんですわ……包装紙にというか手で包む感じと言いますか」

「そうなんですね、教えていただきありがとうございます!」


 次はもう少しその辺を工夫しよう、と頭にたたき入れます。

 その後彼女とあーだこーだと魔法談義をしつつ授業を受け、充実した時間を過ごしました。




 演習はとても実りあるものになりました。

 そのお陰で、森のなかに迷い込んだかのようだった気分も浮上します。

 いつまでも長いこと良くわからない感情に振り回されるのも、何だかしゃくだったので助かりました。

 心身とも健やかでいたいものですからね!


 今日の昼食は同席を許可されたローゼリア様と共に、レイドリークス様とご一緒しています。

 会話はお二人に任せて私が本日の皇宮料理長渾身の一品にフォークを伸ばしていたところ、ローゼリア様をご友人が呼びにいらっしゃいました。


「ローゼリア様ー!!」

「あら、ミッチェル様。どうかされましたの?」

「っ、はぁっ、はぁっ。えと、です、ねっ。事務室の先生が用事があるそうだったので、呼びにきたのです」

「先生が? そう、それなら行かなくてはね。殿下、ルルーシア様、わたし用事ができましたので失礼いたしますね。またご一緒していただけたら嬉しいですわ」


 ローゼリア様はそういうと、まるで花のようにフワッと微笑み、私たちの前から退席していきました。

 私が彼女の背中が見えなくなるまで見つめていたので、レイドリークス様との間に沈黙が落ちています。

 彼が何事か話し始めるかな、と思ったのですが、特にそれもなく。


 私達の間に、春の陽気を含んだ気持ちの良い風がそよそよと、流れています。


 まだそんなに時間は経っていないのに、まるで旧知の仲のような、そんな心地までただよっているようで……。

 その不思議な感覚に少し戸惑っていると、やっと彼が口を開きました。

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