第14話 しきたりなんです
声がした方を見ると、確か体術好きの…… カシューリア=エンペルテ男爵令嬢でしたでしょうか、彼女が私の方を
「エンペルテ様……はい、そうなんです」
「カシューリアでいいですわ、クラスメイトなのですもの。隣のクラスの友人に予備を持ってる方がいらっしゃるので、 借りに行きませんこと?」
「カシューリア様、よろしいんですか? 助かります……」
「クラスメイトのよしみですわ、助け合うのも大切なことですしね」
彼女はそう言うと、艶やかな黒髪の奥からのぞく緑色の勝ち気そうな瞳を
今は何だか、こんなさりげない優しさが胸に
私はカシューリア様の提案をありがたくお受けして、お隣のクラスの彼女の友人であるララジニア=クレケット男爵令嬢に、着替えを貸してもらったのでした。
どうにかこうにか授業も、昼食の時間も普段通りに近い感じでやり過ごし、放課後を迎えました。
帰る準備を済ませ廊下に出て出入口へと歩いていると、片想い令嬢軍団がこちらに向かって歩いているのが見えます。
鉢合わすのが嫌だなとは思いましたが、どうやらあちらは私に用事があるようです。
姿を見つけるなり、
ついてない、です……。
手を勢いよく離され、少しよろけながら壁際へやられます。
「あら、ごめん遊ばせ」
思ってもない口調でコケット様に謝られました。
ククルツィエ様とサナドバ様がそれに追従する形で話し始めます。
「今日はショコラリア様が良い知らせを持ってきましたのよ」
「こんなこと滅多にないのですから、ありがたく思いなさいましね」
それに気をよくしたコケット様が歌うように機嫌よく私に話しかけます。
「これはまだ公式発表ではないのですけれど、第四皇子の公爵家との養子縁組が決定したようですの。確か貴女跡取りでしたわよねぇ? これからは身分を弁えて行動した方がよろしくてよ。あの方の隣は、ワタクシの方がふさわしいのですし」
そう言い切ると満足したのか、御三方はさっさと元来た方へ行ってしまわれました。
廊下には、動けないまま私だけが残されます。
「公爵家との、養子、えんぐみ……」
廊下に、私の
どこをどうやって帰ったかわかりませんが、ずぶ濡れで家に帰ると服を着替えもせずベッドで
我が家にはしきたりがあります。
代々、子の中で赤茶色の瞳を持つものが生まれた場合継承順の
もう由来も口伝だったため伝わりきっていないものなのですが、逆に口伝だったこともあり割と重要視され、それはもう何代にも渡り忠実に守られているそうです。
それと同じく、皇家にもまるで儀式のように脈々と続いてきたしきたりが存在しています。
――邪竜を封印する存在である公爵家の血を絶やさないこと――
今もその存在が物語で語り継がれている邪竜ですが、皇族や貴族の間では実在として公然の秘密だったりします。
その公爵家は封印する為に力を使いすぎるのか次世代がなかなか生まれにくく、その為後継ぎとして皇の子の中から一番魔力の強い者を養子に出すのだそうです。
養子だけならどの貴族からでもいいのでは? と思うところですが、その公爵家は元は皇弟が臣籍降下してできた家。
そう――建国から続くといわれるこの風習は、勇者の血筋が行い続けている、皇族だけにしか出来ないものなのです。
その次世代に、レイドリークス様が選ばれた……。
という事は、跡取り同士になるので婚約は不可能になります。
これまでずうっと頭を悩ませてきた問題が、すっきり解決するのです。
喜ぶべき事なのに――――
私の頭はずっとぐるぐるしっぱなしで……やがて、ゆっくりと瞼が閉じてしまったのでした。
その日以降、私はしばらく風邪をひいてしまって、ベッドの住人になり続けました。
もう何日目でしょうか?
すっかり良くなりましたが、もう一日安静にするように、とお医者様に厳命され未だにベッドの住人です。
「……寝るのもすっかり飽きてしまいました。そろそろ鍛錬したいのに……」
「お嬢様。お言葉ですが、ずっと熱に浮かされておいでだったのです。どうかお医者様のお言いつけを大事になさってくださいませ」
独り言のつもりが、
「メリーアン、わかっていますよ。明日には学校へ行けるのでちゃんと! 我慢、しますぅ」
言いつつ我慢しきれなかったのでだいぶ恨みがましく、また、ほっぺたまで膨らんでしまいました。
だってもう、熱はないんですよ? 体、動かしたいんです!
けど不覚を取ったのは私なので……私、なので!
仕方なく大人しくベッドの上に寝たまま、
「お嬢様、腹筋は明日にしてください」
メリーアンにピシャっと言われてしまいました。
これ以上すると、本気で怒られるので自重します。
「明日になれば、学校にも行けますから。あと一日、お体第一でいてくださいね?」
くれぐれもですよ? と、釘を刺して彼女は退出していきました。
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