第13話 押し倒されるんです

「ね、ルル……もしかして誘っているのかい?」


 耳元で囁かれたと同時に肩をとんと押され、引かれていた手と反対の方の手とを、それぞれ頭の両脇に殿下の手で縫い止められてしまいました。

 熱心になっていたちょっとの時間に、いつのまにか殿下との間にあった食事はお付きの方の手により下げられています。

 護衛の方は彼がこうする事を察知してらしたんですね、……不覚です……!


 殿下は少しだけにらむような、潤んだようにも見える目で真っ直ぐ私を見ています。


 力では敵わなくとも反則技を使えばこのくらいは容易たやすくく外せますが、何故か……それはしてはいけない、と思ってしまいました。

 今少しだけ思い出した記憶の中の悔しそうなあの子と、どこか重なって見えたからかもしれません。

 でも、ではどうやってここから逃げればいいでしょう。

 私が少し考えていると、彼は幼子を見守るときのしょうがないなぁという顔をして私に忠告してきました。


「男にそう易々やすやすと自分から触るものではないよ、ルル? 勘違いしてしまう。自分の事を、好きなのでは、と――」


 そしてそう言うなり顔を近付けすわきすが?!?! だなんて思って思わず目をつぶっていたら――


 かぷり


 と鼻をかじられて、殿下は離れていきました。

 でもほんと、男は狼なのだから気のない相手には隙を作ってはいけないよ? だなんて言われる始末。

 私のドギマギ返してください、殿下。

 なんだか悔しくなったのでやり返して鼻で笑ってやろうかと考え、多分喜ばせるだけと言う結論が出たのでやめることにします。


「忠告ありがとうございます、次の殿下に活かそうと思います。ただすみません、誤解がないように言うと、その鍛え様にとても興味があって、ついつい触ってどうなっているのか知りたかっただけなのです」

「ルルは……鍛錬や、肉体強化に興味があるのかい?」

「はい。令嬢としては自慢にもなりませんが、私もこう見えて腹筋は鍛えているんです」


 足音を消すには筋肉量は欠かせません! というのは我が家だけの秘密です。


 そう話すと何故だか殿下と話が弾み、昼食の時間が終わる頃にはすっかり筋肉仲間と化してしまいました。

 ……さりげなく、相手から感情の消失を引き出すって、どうすれば良いのでしょう。

 何はともあれ、時間もないので私はご飯のお礼を言い、軽く食べたものを片づけその場を後にしようとしました。


 丁度その時。

 前方からローゼリア様が歩いてくるのが見えたので、挨拶をします。


「ローゼリア様! ご機嫌よう」

「! ルルーシア様ご機嫌よう」

「アインバッハ嬢、今から教室に戻るところかい?」

「皇子殿下、本日もご機嫌麗しく。はい、ご飯も食べましたので」

「ローゼリア様、ご一緒しませんか? レイドリークス様、よろしいでしょうか?」

「ああ、俺は良いよ」


 ダメ元でしたが殿下からの了承をもらえました!


 ほぼほぼお二人がくっつく未来は無いような気がしつつ、それでもローゼリア様の恋心の頑張りに期待するしかない……そんな少し投げやりな考えでしたが、思いがけず一歩前進させることができ自分でも驚いています。

 会話をお二人に任せ、私はゆっくりと後ろからついていくことにしました。


 その日の午後の授業は身が入らず、帰宅するとすぐ下の弟二人が暗器まで使って喧嘩をしていました。

 あちこちに武器が刺さったり、壁紙が焦げてしまったりと惨憺さんたんたる有りさまです。


「こら二人とも!!」


 一応声を掛けますが、聞く耳はもうもげてしまったようです。

 いつもなら割って入って止めるのですが、今日はその気力がありません。

 内装の改修をお父様に手配してもらえるよう、執事のセルマンに言付ことづけました。


 昔のように、明日が来るのが少し億劫おっくうに感じてしまう――そんな自分を受け入れることが、なんだか出来ません。


 今日の夜は長く感じるだろうな。


 そう思いながら、ベッドに入りました――。




 翌朝は、雨でした。

 しとしとと降る雨が少し年季の入りだした窓に当たってくだけていきます。


 学校の教室についても、私は何だかぼんやりとしてしまっていて、調子が出ません。

 それでも何とか一時限目の移動授業をこなし、休憩中にトイレに行った後教室に戻ってくると、次の演習の着替えが無くなっていました。

 頭が働かなくて、解決策を思いつかないまま突っ立っていると、不意に横から声がします。


「もしかして、着替えがなくて困ってらっしゃいますの?」

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